アリバイ成立
事件発生から5日も経過してしまった。
通常、3日経過してしまうと解決は難しいとされている。
時間の経過と共に捜査本部はどんどん縮小され、ごく一部の刑事が継続捜査とは名ばかりの落ち穂拾いのような役目を与えられる。
実際、大なり小なり事件は毎日起きている。広島北署の連中もこの事件にばかり関わっている訳にはいかず、他の事件捜査と掛け持ちのような状態だ。
聡介は少しばかり焦っていた。
そんな時、友永が拾ってきた情報は耳を疑うものだった。
「池田記念病院の院長と、玉城美和子が?」
この二人は不倫関係にある。その上、美和子は池田麻美と高校時代の同級生で、友人同士だったという。
「間違いありませんぜ。二人が連れだってホテルから出てくるところを見たっていう、目撃情報もあります。確かな筋からの情報ですよ。あの事件の夜も、一緒だったみたいですね。そう言う訳でアリバイは成立……残念ながら」
アリバイがなかったとしても美和子について言えば動機が薄い。
「確かにあのオヤジ、好色そうでしたもんね。夫は自分の友達と不倫で、妻は友人の雇ってる従業員と火遊びですか……」
和泉はボールペンで髪をかきながら、しみじみと言った。
「班長」と、駿河が聡介の席の近くにやってきた。
赤い眼をしている。昨日も遅くまで仕事をしていたのだろう。
少し眼を離すと、何かにとりつかれたかのように夢中で働き始める。
「高島亜由美と玉城美和子も学生時代からの同級生で、二人はどうやら敵対関係にあったようです。それから、こんなことも言っていました。被害者とライバル関係にあった敦というホストの熱狂的なファンの仕業ではないかと……」
「なるほどな……よくわかった。よし、彰彦」
聡介は立ち上がる。
「敦ってホストに話を聞きに行く。それと葵、友永と一緒に例の写真の『まーくん』を探してくれ。日下部と三枝は引き続き池田麻美の身辺を張ること」
「もしかして、関西くんだりまで行って来いとか言うんじゃないでしょうね?」
友永がうんざりしたように言う。水島弘樹が幼馴染みの『まーくん』に再会し、ホストを始めたのは関西の大学に通っていた頃の話だと思われるからだ。
「必要とあればな。それと……」
聡介は近くに駿河がいないのを確かめ、友永にこそっと囁いた。
「葵から眼を離さないでくれ」
へいへい、とおざなりな返事を残して彼は背広を掴んだ。
「ほら行くぞー」
駿河は何も言わずに後をついていく。
※※※※※※※※※
外に出るとだいぶ気温が高く、むっとするような熱気に迎えられる。
敦という源氏名のホストは本名を小杉拓真と言った。
住んでいるのは広島市内の繁華街から少し離れた住宅街である。こぢんまりとした戸建住宅が立ち並ぶ中に2階建のアパートが何棟かある。『可部南コーポ』というアパートが目的地だ。
「ここみたいですね」和泉が2階を見上げて言った。よくある木造の安っぽいアパートではなく、鉄筋コンクリートの立派で新しい建物である。
202号室のドアチャイムを鳴らす。反応がない。
もう一度鳴らすと、応答があった。
警察です、と名乗るとドアが開き、敦こと小杉拓真が姿を見せた。
まだ時間は午前10時を過ぎたところだ。ホストにとっては真夜中のような時間かもしれない。
以前、店で見た時とは別人のようだ。ぼさぼさの髪、剃っていない無精髭、Tシャツに短パンという、どこにでもいるごく普通の青年に見える。
「お休みのところ、申し訳ありません。少しお話を伺いたいのですが……」
敦は入ってください、と二人を中に招じ入れた。




