機密情報
コーヒーが三人分運ばれてくる。
本格的なドリップコーヒーは非常に香り高く、是非プライベートで一度は訪れてみたいと思わせるほとだ。
「でも、言っておくけど殺したのは私じゃないわ。考えてもみてよ、殺したりしたら借金が回収できないじゃない。もっと働いて稼いでもらって、埋め合わせしてもらわなきゃ」
美和子は熱いブラックコーヒーを一口飲んで言った。
「……生命保険などは?」
すると彼女はさもおかしそうに、けたたましく笑った。
「保険に入ってるホストなんて聞いたことがないわ」
今の質問は失敗でしたか? と、駿河は目で三枝に問いかける。
元生活安全課の刑事は曖昧に笑っているだけだ。
「質問を変えます。あなたのアリバイを証明できる方はどなたですか?」
以前、彼女はアリバイを主張していた。答えはない。
「言えないならこちらで調べるまでです」
すると美和子は気色ばんで腰を浮かせかけた。
「待ちなさいよ、あの人は何も関係ないわ!」
「関係あるかどうかはこちらで判断します。もしかすると貴女の窮状を知って義憤にかられた誰かが、隼人さんに話をつけに行って揉めた末の凶行かもしれませんから」
駿河が言うと、何がきっかけだったのか急に勢いを失くした。
「やめてよ、あの人はそんな人じゃないし、だいいち……」
「だいいち、何ですか?」
「そこまで愛されていないわ、所詮は愛人だもの」
そう言いながらもそこはかとなく寂しげな空気が漂う。
「そんなことは本人以外、誰にもわかりません」
すると美和子は妖艶な微笑みを浮かべて駿河を見つめた。
「坊や、彼女いるの?」
「坊やではありません。それにその質問は今、何の関係があるのですか?」
「好きな女のためにどれほどのことができるの? 例えば彼女が人殺しの娘だとか、泥棒の妹だとか、そういうこと知って、それでも好きでいられる?」
「……親族の罪は本人に関係ありません」
「そうよ。でも、あなた警察官でしょ? 身内に犯罪者がいたらそもそも警察には入れないし、犯罪歴のある女とは結婚できない。知っているでしょ。高い地位に就きたいなら余計にね。自分の足を引っ張る様な女を選ぶ訳がないわ」
彼女の言うことは間違っていない。だが……。
この女性は愛人の立場に甘んじているが、本当にその男を愛しているようだ。
そうして駿河は亡き母親のことを思い出す。
両親は互いのことをどう思っていたのだろう? 父親が実子として認知してくれたことには感謝している。
そこには打算しかなかったのか、あるいは……。
そんなことを考えている場合ではない。
向こうもそう思ったようだ。美和子はコーヒーに砂糖を入れて左手でかき混ぜながら、
「それで、犯人の目処はまだ立たないの? お客がすっかり怯えちゃって売上もあがったりなのよ」
「鋭意捜査中です」
「とにかく、私じゃないのだけは確かね。もしかしたら、敦派の子の仕業かもよ」
「何ですか? その派というのは……」
「狂信的な敦のファンよ。いつも隼人と敦は一位の座を争っていたから、あいつさえいなくなれば、って考えたとしても不思議じゃないわ」
まるでアイドルを追っかける女性のようだ。
「なるほど。それで、その敦派と言われる女性客の情報は……」
「言える訳ないでしょう?」
美和子は二本目の煙草を取り出した。
「なんだったら潜入捜査でもしてみたら? あなた、顔は良いから売れるわよ」
冗談か本気かわからない台詞を潮に、刑事達は引き揚げた。
これ以上聞ける情報はなさそうだ。しかしアリバイの裏は取る必要がある。
人のプライベートに土足で踏み込むのが刑事の仕事だ。
でも、この職業を選んだことに後悔はない。




