遠慮なし
「ねぇ、慧君」
「……何ですか? 別にお代ならいりませんよ」
「さくらちゃんがもし、優君との結婚を目前に控えて姿をくらまして、気がついたら他の男の妻になってた……なんてことがあったとしたら、どういう理由が考えられる?」
何を言いだすんだ? と、慧は一瞬手を止めた。
「仮に、もしもの話だよ」
自分だったら、と考えてみたがムダだった。そもそも女性の気持ちはさっぱり理解ができない。
慧は手を動かしながら少し考えていたようだが、
「自分の為じゃない、他の誰かの為でしょうね。自分が犠牲になることで、他の大勢を守ることができるなら……」
なるほど。考えてもみなかったことだ。
「そういうの、僕にはよくわからないな」
「……でしょうね」
まるで和泉が好き勝手に生きているような言い方だ。
でも、確かにそのせいで妻だった女性に愛想を尽かされた。
その時、タイミングを見計らったかのように、
「ところで和泉さん、奥さんに逃げられたってほんと?」背中から梨恵の声がした。
慧はぎょっとして鍋を落としそうになり、聡介は慌てて娘の口を手で塞ぐ。
「……慧君、お嫁さんのしつけがなってないんじゃないの?」
怒っているふりをしてみせたが、実を言うともうどうでもいいことだ。
来る者拒まず、去る者追わず。元々、自分から誰かに執着したことはない。ずっと傍にいたいと思えたのは聡介だけである。
「すみません、後できつく叱っておきますから……」
慧はすっかり青い顔をしている。
おもしろい。もう少しからかってやろうかと思ったのだが、あまり時間がない。
遅い昼食を終えて広島に戻ることにする。
店を出る時に梨恵にぐずられたが、なんとかして宥めて帰りの車に乗る。
結局、高島亜由美の話は半分真実、半分でっち上げだったということだ。アリバイは確かにある。だが、あのタイプは自分で手を汚すことはしないだろう。
「もしかして彼女、聡さんと優君の関係を知っていた上で、あんな嘘をついたんじゃないでしょうか?」
和泉が言うと聡介は驚いて、
「まさか! いくらなんでも……」
「分かりませんよ。今、個人情報がどうのってうるさく言われてますけど、ネット上じゃプライバシーも何もあったもんじゃないですからね」
「そんなに筒抜けなのか……?」
「ま、知識があれば悪い方に活用する人間はいくらでもいますよ」
「それにしても、なぜ嘘をつく必要があったんだ? 何も優作を持ち出さなくても、完璧なアリバイがあるんだからそれでいいだろう」
「そこは本人に確かめるしかありませんね。回答は予測がつきますけど」
あら、似たようなお名前の別の方だったかもしれませんわね……?
 




