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親類一同

 やれやれ。和泉は父親の後に従う。

「ねぇ聡さん。せっかくここまで来たんだから、梨恵ちゃんに会って行きませんか?」

 

 聡介の次女である梨恵は、優作の事務所から歩いてすぐの場所にある『小松屋』という料理屋に嫁いでいる。

「しかし……」

「硬いこと言わない。この機会を逃したら今度いつ会えるかわかりませんよ」


 自営業者である男性の元に嫁いだ娘とは、そう簡単に予定を調整して会えるものではない。お互いに急な仕事が入ったりするからだ。

「それに、こんな時間ですけどお昼まだだし」

 気がつけば午後2時半だ。

 そうだな、と聡介は小松屋に向かって歩き出した。


 店の入り口の暖簾は降りていて、準備中の札が出ている。


 がらっと引き戸を開けると、

「すみません、もうお昼の営業は……」と、梨恵の声が聞こえた。

「久しぶりだな。元気にしてたか?」

 父親の顔を見ると彼女は目をいっぱいに見開き、そうして一瞬だけ立ち竦んだ。

「お父さん!!」

 昔から自分の感情に素直な子だったが今もそれは変わらない。

 梨恵は聡介の元に走り寄り、両腕を広げて力いっぱいに抱きつく。


「ずっとずっと会いたかったんだよ?!」

「ごめんな、なかなか連絡も取れなくて……」

「こないだ、さくらとは会ったんでしょう?」

 涙目でジロリと父親を睨む。


 聡介はたじろぎながら、

「それは、その……お互いの予定が合ったから……」

 まぁいいわ、と梨恵は聡介の腕を取って近くに座らせる。


 その時になって初めて和泉が一緒だったことに気付いたようだ。

「あれ、和泉さん。いたの?」

 悪かったね、と思わず言いかけてやめた。この子は昔からこうだ。


「お久しぶりです、お義父さん」

 梨恵の夫であり、小松屋の板長兼経営者である今岡慧が奥から出てきた。彼はにこやかに義理の父親に挨拶をしていたが、和泉に気付くと、

「……お久しぶり、です」何故か眼を逸らした。


 笑顔が爽やかなイケメンの板前は、背も高くて愛想も良く、女性客からの高い支持を得ている。もっとも料理の腕も評判が高く、実際かなりの有名店である。


 ちなみに和泉は彼のことも子供の頃から知っている。あの変人有村優作の幼なじみで唯一の友人である。


 慧は小さい頃からやたらに目端の効く子で、和泉が将棋教室にやってくる子供達をからかう為に作った話や適当な怪談などを真に受けたりしなかった。可愛くないガキだ。


 そして幼い頃から彼はどうやら、自分のことを苦手にしている節があった。

 そうなると俄然かまってみたくなる。


「久しぶりだね、慧君。どうして眼を逸らすのかな?」

「いや、別に……」

 背丈はだいたい自分と似たようなものだ。


 和泉は慧の隣に立って、わざとゆっくり肩に手を回す。

 彼は救いを求めるように義理の父親を見たが、聡介は娘から機関銃のような勢いで聞かされるおしゃべりに一生懸命耳を傾けている。

「慧君、最近どう?」

「どうって……ぼちぼちです」

「何? その抽象的な答え」

 あんたがそういう訊き方してきたからだろ! と、目が言っている。


「あの、お昼済ませて来ました? まだなら、何か用意しますけど」

 慧は既に及び腰になっている。

「そう? 嬉しいなぁ」

 慧は犬を見た時の猫のようにものすごいスピードで厨房に戻ると、調理を開始した。


「ここで見ていていい?」

 和泉はカウンター席に腰かけ、両肘をついてにっこり笑う。

 どうぞ、と答えるその声には、好きにしてくれというあきらめの色が滲んでいた。


 そういえば、さくらはどうしているのだろう? 優作の事務所にはいなかった。

 彼女のことを考えると自動的に藤江美咲のことを思い出す。


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