そうだ、尾道
「それで、実際のところはどうなんですか」
亜由美は笑いを引っ込めて答えた。
「……あの子、ゲイの噂があったのを知っています?」
「ええ、そうらしいですね」
「噂は本当だったみたいですよ」
つまり、そこまで深い関係にはなかったと言いたいのだろう。
そこへ従業員の女性がコーヒーを三人分運んできた。亜由美は礼を言ってコーヒーに砂糖を投入し、右手でスプーンを回した。
「まぁ、私は隼人も良かったけど、他にもたくさんお気に入りの子はいましたから」
「そうですか……ところで」
和泉は聡介に質問のバトンを返した。
「7月2日の午後十時から翌二時まで、どちらで何をなさっていましたか?」
その質問を予め予測していたかのように、高島亜由美はバッグからスケジュール手帳を取り出して、ページを開いた。
「……新しいチェーン店を岡山にも出すことになったので、その打ち合わせで岡山にいましたわ。その日は話がなかなかまとまらなくて、結局終わったのが午後9時過ぎで、帰るのも面倒だから向こうでホテルに泊まりました。駅前のセントラルホテル岡山です。お調べになっていただいてかまいませんよ」
すらすらと用意されていたかのような回答。
要するに完璧なアリバイがあると主張しているのだ。しかし岡山→広島間は新幹線なら40分で移動できる。車なら高速を利用して2時間程度。ただし、渋滞にハマらなければの話だが。
そんな刑事達の胸の内を読んだかのように、
「いろいろ考えていらっしゃるようですけど、私、一人じゃありませんでしたから、その方がアリバイを証明してくださいます。午後十時頃から一時ぐらいまで、ホテルのバーで一緒でしたもの」亜由美は自信たっぷりに言った。
「その方のお名前は?」
「経営コンサルタントをなさっている会計士で、有村さんとおっしゃる若い男性です」
聡介の顔が強張る。
「……フルネームは?」
亜由美はバッグから名刺入れを取り出して、有村優作さん、ですわね、と答えた。
さすがの和泉もその名前を聞いた瞬間ぎょっとした。
「広島市内にいくらでも会計士がいるでしょう? どうしてわざわざ尾道の方で……」
「あら、有村さんをご存知なんですか? 知人の紹介なんです。大変優秀な方だからと。あの……どうかなさいました?」
「まさか、その有村という会計士とその夜、同宿したりしませんでしたよね?」
さぁ? と、亜由美は妖艶な笑みを浮かべた。
「そうだとお答えしたらどうなるのかしら?」
マズい。完全に聡介が石化している。ひとまずここは撤退だ。
「今日のところはこれで失礼します。またお話しを伺うこともあると思いますので、連絡が取れるようにしておいてください」
せっかくのコーヒーに一口も手をつけることなく、和泉は聡介を半ば引き摺るようにして店を出た。
「……聡さん、しっかりしてください!」
和泉は父の両肩を掴んで揺さぶった。
「俺は正気だ」
彼はそう答えたが、どう見ても眼つきが怪しい。
「なぁ、彰彦。どう取り調べたらいいと思う? やっぱり……拷問か?」
「全然正気じゃないですよね。とにかく裏を取らないことには始まりません。まず岡山に行きましょう。帰り道で尾道に寄って真相を確認しましょう。ね?」
「もし、高島亜由美の言うことが真実だったら……」
「向こうの言うことを鵜呑みにしないでくださいよ。いったい何年刑事やってるんですか? まったく、身内が絡むとこれだから……しっかりしないと捜査から外されちゃいますよ」
有村優作という会計士は、聡介が目に入れても痛くないほど可愛がっている長女の夫である。
もし高島亜由美の言うことが本当ならただでは済まない。
二人は急いで岡山へ向かった。
儀礼通りに所轄の警察署にまず挨拶に向かう。それからホテルに向かう。セントラルホテル岡山は桃太郎の銅像のすぐ向かいにあった。
フロントと問題のバーに行って裏を取ろうとしたが、バーの方はいかんせん時間がまだ早いので営業していない。
しかし、高島亜由美が事件のあった日に宿泊したことは間違いないようだ。
バーでの会計は彼女が持ったようだ。伝票の控えが残っていた。
「どうします?」
今はまだ午後2時を回ったぐらいである。
「本人に直接聞けばいい。尾道へ行くぞ」




