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ランチのお誘い

 毎度のことながら、一時間はあっという間だ。


 まず聞き取ることが難しい。相手が何を言っているのかを把握するのにものすごく神経を遣う。そんな自分に対し、池田麻美の方はペラペラと喋れているように見えた。


 レッスンが終わり、ぐったり疲れて美咲が教室を出ようとすると、

「確か、昨日のパーティーに来ていただいたお客様ですよね?」

 池田麻美が声をかけてきた。


「はい、藤江と申します。主人がいつもお世話になっております」美咲は頭を下げた。

「これから少し、お時間あります? よかったら一緒にお昼でも」

 驚いた。急なお誘いだが、特に予定はない。


 が、正直言って、ほとんど知らない相手と一緒に食事というのはどうにも気乗りがしない。会話に詰まる気がしてならない。

「京橋川沿いにオープンテラスの素敵なお店があるんです。行ってみませんか?」

 なんとなく断りづらい状況になってしまった。


 けれど相手は女性だし、そんなに警戒することもないだろう。美咲は軽い気持ちで池田麻美について行くことにした。


 駅から京橋川まで移動する。麻美が連れて行ってくれた店は有名なイタリアンレストランのチェーン店で、昼の一番混みあう時間帯は、近くで働いているサラリーマンやOL、子供連れの主婦で賑わっている。


 顔パスというのを聞いたことがあるが、まさにその店の店員は麻美を見た途端、こちらへどうぞ、とテラスの一番特等席に案内してくれた。


 今日は天気も良く、傍を流れる京橋川の水面が輝いている。

 外気温は高いが、その席はちゃんと日傘が設置されており、涼しく過ごせるようにいろいろと工夫されている。


 メニューはリーズナブルなものから、少し高価なものまで幅広い。麻美はしょっちゅう来ているようで『いつもの』で通じてしまった。


 美咲は少し悩んだ末に本日のランチコースを注文した。主婦のお昼ご飯には少し贅沢だろうか、と気にしながら。


 会話が続かなくて気まずくなったらどうしよう、という美咲の不安は杞憂だった。

 麻美はよくしゃべった。ただ頷いているだけで良かった。


 彼女の話は半分以上が自慢話だったが、別に気にならない。テレビで芸能人があれこれとしゃべっているのを聞いているような気分だ。


 昨夜は分からなかったが、こうして間近に見ると、肌のツヤやハリである程度年齢が推測できた。


 細い指には薬指にも中指にも金色の指輪が光っており、長い爪はキラキラ輝く装飾が施されている。しかし、指そのものは少し干からびて節くれだっていた。

 プラチナのネックレスが光るデコルテはシミでいっぱいだ。


「素敵でしょう? このお店。私の友人が経営してるのよ」

「そうなんですか」

「高校時代の同級生でね、初めは小さな食堂だったのを、ここまで大きくしたの。元々経営者の素質があったんでしょうね。ああ、そういえば藤江さんのご主人のところも……初めは広島市内で小さな薬局を営んでいたのを、お祖父様が一代で今の東証一部上場の大企業にまで成長させたのでしょう?」

 そう言われても美咲にはそうらしいですね、としか返事ができない。


 賢司のこともよく知らないが、彼の会社のことは尚分からない。

「その友人なんだけど、そんな訳だからずっと独りでね。仕事に夢中で気が付いたら年齢だけ重ねてたっていうの?」

 麻美は笑いながらそう言ったが、美咲はその台詞に少なからず棘を感じた。


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