アルバイト計画
昨夜のパーティーは本当につまらなかった。
期末試験が終わっていなければ、絶対に出席したりしなかったと思う。
肝心の主役はあれっきり出て来なかったし、知らない大人に囲まれて居心地の悪いことこの上なかった。
義姉も辛かっただろう。終わって解放された時、心底ほっとしていたようだったから。
その後、例によって賢司は仕事のために職場へ戻って行った。しかし、どう言う訳か少し顔色が悪かった。
周はそして、和泉が言ったことが気になっていた。
『我々の捜査を妨害しようとするのは何故ですか?』
あれはどういう意味だったのだろう?
兄はどこで和泉達と、警察と関わり合いになるような場面に遭遇したのだろう。
訊いてもどうせ教えてはくれないだろうが。
まぁ、どうでもいい。周は義姉が用意してくれた朝食を食べながら、壁のカレンダーを見た。
あと十日ほどで夏休みだ。
夏休みシーズンは旅館業にとって一年で一番の稼ぎ時だろう。
「義姉さんって、7月と8月は毎日仕事?」
「そうね……毎日じゃないけど、週末はほとんど仕事ね」
「……俺も、義姉さんとこの旅館でバイトさせてもらおうかな……」
「えっ?!」
「そりゃ俺だってそれなりに勉強はしなけりゃいけないけどさ。週に1、2回働いて、自分で稼ぐのもいいかなって思って」
美咲はぱっと顔を明るくした。
それから嬉しそうに、
「本当? じゃあ、私から女将に言っておくわね!!」
その時、二匹の猫達が抗議するようににゃあにゃあと鳴き始めた。ニャー達の面倒は誰が見てくれるのよ?!
「週に一日か二日なんだから、そう目くじら立てるなよ」
しかし。メイの方は腹いせなのか、周の膝を踏み台にしてテーブルに前足をひっかけ、爪を立ててテーブルクロスを引っ張った。
あっ、と言っている間にコーヒーの入ったマグカップが横倒しになる。
「こら!!」
褐色の液体が床の上にぶちまけられ、真下でボンヤリしていたプリンの頭にかかった。
みぎゃっ?! と、三毛猫は悲鳴を上げて飛んで行く。
「周君、大丈夫?」
「俺は平気。まったく……」
周と美咲は溜め息をつきながら床を拭いて回る。まだ時間はある。コーヒーを被った猫が二次汚染を広げる前に探し出さなければ。
床に点々とついたコーヒーのシミを辿って行くと賢司の部屋に着いた。
ほとんど使われていない、まるでモデルルームのような生活感のない部屋。
「プリン、出ておいで」
猫はベッドの下に隠れている。時計を見ながら辛抱強く猫を呼び寄せる。
猫じゃらしを持ってきて振って見せると、本能には逆らえないのか、ダッシュで飛び出してきた。
「よし、確保っ……と」
白い毛の部分を茶色に染めた三毛猫は、そのまま洗面所に直行させられた。
シャンプーは義姉にバトンタッチして、周は床の上のコーヒーを拭き取ることにした。
まさか、ベッドの下まで汚れてないだろうな? 周は床に寝そべるような態勢になって腕を伸ばし、雑巾をかけた。すると。何かが手に当たった。
比較的固い感触。まさかあの兄が、人に見られたくないような本を隠しているとも考えにくいのだが……。
そこへメイが何事もなかったかのような顔でやってきた。
メイはベッドの下に潜り込み、床を拭く周の手の動きに合わせて尻尾をふりつつ、前脚を出してちょっかいかけたり、噛みついてきたりする。
苛立って思わず大きな声を出しかけた時、周はさっき手に触れたものを掴み取った。
「……?」
それはガラケーと呼ばれる折り畳み式の携帯電話である。スマートフォンに変えた時、そのまま持ち帰って目覚まし時計代わりにしていたのだろうか。
電源ボタンを入れてみると反応があった。
もちろん「圏外」にはなっているが、ちゃんと画面が表示される。そこまでにして周は電源を切り、もとの場所に戻しておいた。
兄のプライバシーに関わることはしない。たとえ家族であっても、だ。
そろそろ学校へ行かないと間に合わない。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
全身を洗われてすっかり毛がぺしゃんこになってしまった三毛猫と義姉に見送られ、周は家を出た。
歩きながら周はふと思った。
何を考えているのかわからないという意味で、和泉と兄はよく似ている……。




