焦り過ぎ
岩国市内に入った。目指す水島家はもうすぐだ。
「恐れ入りますが、当時の写真か何かあったらお貸しいただけませんか?」
「わかりました」
玄関前に車を付け、少しだけ待っててくださいと弥生は一旦家の中に入る。しばらくしてアルバムのような冊子を腕に抱えて戻ってきた。
「いつも真ん中に映っているのがまーくんです。撮影されたのが彼のお母様ですから」
聡介は車を降りて彼女の前に立ち、深く頭を下げた。
「ご協力に感謝いたします」
すると弥生は聡介の手を両手で包み、そして見上げてきた。
「どうか……兄を殺した犯人を捕まえてください」
「お約束します、必ず」
※※※※※※※※※
聡介が広島北署に戻ると、ひどく騒がしかった。
会議室に入ると自分の部下達が微妙な表情で座っている。
「……どうしたんだ?」
「所轄の連中が、ホシを挙げたって息巻いてるんですよ」
全員を代表して友永が答えた。
「なんだって?」
「詳しいことは知りませんがね。今、取り調べ中ですよ」
聡介は急いで取調室に向かった。中の遣り取りが聞こえ、向こうからは見ることができないマジックミラーの前に到着すると、西野警部補が不敵そうな笑みを浮かべて迎えた。
「どういうことだ? ホシを挙げたっていうのは」
「……我々の勝ちですね、高岡警部。ホシはあいつで決定ですよ」
中を覗き込む。見ると、刑事に囲まれて委縮している若い男性がいた。
聡介は始めて見る顔だ。
「ガイシャの葬儀の時に受付をしていた、松山って男ですよ。高校時代の同級生です」
いつの間にか後ろにいた和泉が言った。
「……動機は?」
「決まっているでしょう、痴情のもつれです」
「アリバイは? 裏を取ったのか」
すると西野は不愉快そうな顔になった。
「我々だって捜査のプロですよ? バカにしないでください」
「ガイシャが殺害された時刻、会社の仲間たちと飲み会に参加していたそうです。もちろん裏も取ってあります」
そう教えてくれたのはやはり息子の方だ。
「問題なのはその飲み屋がどこにあったかということですよ」
所轄の刑事は少しムキになって言った。
「事件現場からほんの200メートル離れた場所です。ほんの5分ほど席を外しても、誰も怪しむ人間などいません」
その時、取調室の中から机を強く叩く音と、嘘をつくな、という怒鳴り声が聞こえた。
被疑者が全身を震わせて怯えている様子がはっきりとわかる。向かい合って立っている刑事は見るからに屈強そうで、存在だけで威圧感がある。
『本当の事です! 私は無実です!!』
『やったのはお前だ!!』
『違います!!』
「まぁ、落ちるまでは時間の問題ですよ」
「……容疑を否認しているじゃないか」
批判の意味を込めて聡介が言うと、西野は鼻を鳴らして、
「最初から素直に自白する犯罪者なんていませんよ」
「……動機は痴情のもつれだと言ったな?」
「ええ。ガイシャと松山は高校時代、バンド仲間でした。その時一緒に組んでいた柏木尚美という女をめぐってトラブルがあったそうです」
ガキのくせに、と西野は溜め息交じりに言う。
「一緒に受付をしていた女性ですね」和泉が注釈を入れる。
「高校時代の話だろう? それがどうして今になって、殺人事件にまで発展するんだ」
「それをこれから追及するところです」
「それで、松山は左利きだったんですか?」
不意に和泉が投げかけた質問に対し、西野は「?」という顔をした。
「鑑識さんが言っていたでしょう。犯人は左利きだって」
どうやら忘れていたようだ。
「こ、これから調べるところです」
西野は聡介と和泉の視線をまともに浴びて、額に汗を浮かべ始めた。
「その、女性をめぐってのトラブルについても裏は取ったんだろうな? 柏木尚美という女性がそう言ったからと、鵜呑みにした訳じゃあるまい?」
「あとそれから、飲み会を5分ほど抜け出してから、何食わぬ顔で戻ってきたみたいな話でしたけど、あれだけの刺し傷なんですから、犯人は絶対に返り血を浴びているはずですよ? どんなに綺麗に拭いてもどこかに痕は残っているものです。それに、血の臭いは意外とキツいですからね……誰かが気付いていたかもしれない」
父子の質問攻めに、若い警部補はみるみる色を失っていく。
「悪いことは言わない、遅くならない内に釈放しろ。名誉棄損で訴えられるのは本望じゃないだろう?」
西野はくるりと聡介と和泉に背を向けると、急いでどこかへ走り去る。




