モンタージュ
息子が『市松人形みたいだ』と言っていたのは本当だった。
きっちりと切り揃えたボブカットが少しキツめの顔立ちに映えている。
水島弘樹の妹である弥生を広島北署に呼び、マジックミラー越しに池田麻美を見せてみた。一度、彼女の家に貸した金を返せと怒鳴りこんできた女性がいるという。
動機が金銭トラブルなら該当者は彼女かもしれない。
「いかがですか?」聡介が訊ねると、
「……違います。あの女性ではありませんでした」
「そうですか……遠いところご足労いただいて申し訳ありません」
「全然、遠くなんかありませんわ」
弥生は微笑んだ。なんとなく何かを含んだような笑い方だったと思った。
「もう少しだけご協力いただけますか? モンタージュを作成したいので」
弥生は頷き、それから不思議そうな顔で聡介をまじまじと見た。
「……何でしょう?」
「いえ、失礼いたしました。私の知っている警察の方とは随分違うと思って」
それからモンタージュ作成に取り掛かる。
昔、まだパソコンが今ほど普及していなかった時代は似顔絵が頼りだった。目元、口元、鼻や耳の形。何種類もある写真の一部を組み合わせて、近いものを選んでもらう。
弥生は実に慎重だった。
懸命に記憶を辿り、ああでもない、こうでもないと幾度も組み合わせを変えた末に出来あがった顔に、聡介は確かに見覚えがあった。
被害者の働いていた店『シルバームーン』のオーナー、玉城美和子だ。
「この方です、家にお見えになった方は。間違いありません」
ホストが店のオーナーに金を借りるのはごく普通にあることだ。
そして弥生は、その女性がかなり切羽詰まった様子で貸した金を全額返すよう要求してきたと言っていた。
「……それで、その時はどのように対処なさったのですか?」
「それが……父がこともあろうに警察の方を呼んで、追い返してしまったんです。兄は既に家の息子ではないし、他所で作った借金など知らない、と」
だとすればオーナーである玉城美和子には充分な動機がある訳だ。
しかし一度しか会っていないが、彼女はそう感情的になって暴挙に出るタイプにも思えなかった。
いずれにしろもう一度話を聞く必要があるだろう。
「ご協力ありがとうございました。こんな遅い時間まですみません、すぐにご自宅までお送りいたしますので」
時刻は既に午後9時を回っていた。
聡介は誰かいないかとまわりを見回したが、誰もいない。
仕方がないので自分で運転して岩国まで行くことになった。
暗い国道をひた走りつつ、自分の娘より少し若いであろう女性に何を話したらいいのか悩んでしまった。
「……あなたは、お兄さんの職場に行ったことがありますか?」
考え抜いた末に出てきた質問がそれだった。
すると弥生は微笑んで、
「そんなことをしたら、父に叱られてしまいます」
ああ、そうだった。バカなことを聞いてしまった。
質問を変えよう。
「あなたから見て、お兄さんはどういう人物でしたか?」
弥生は少し間を置いてから、
「どちらかと言えば内気な方だったと思います。だからホストなんて、最初は本当に信じられませんでした。女性とまともに口が聞けるのかしらって不思議だったぐらいです」
「……ホストを始めたきっかけのようなものは聞きましたか?」
「最初は、お友達に誘われてということでした。アルバイトのつもりで始めたそうですが予想外に成功したものだから、本職にしたんだそうです」
「あなたは、お兄さんと仲が良かったんですね」
聡介が言うと、弥生はなぜか遠くを見つめる目をした。
「兄は……私には優しかったから……」
彼女はきっと兄のことが大好きだったに違いない。
泣き出すんじゃないだろうな、という心配をよそに、彼女は再び話を続ける。
「父は古いタイプの人間ですから、長男である兄を跡取りにするつもりでずいぶん厳しくしていました。仲良くするお友達にも口うるさくて、その内一緒に遊べる同じ年頃の子供がいなくなってしまったので、私が主な遊び相手でした」
「その、アルバイトに誘ってくれたお友達をご存知ですか?」
「……」
「……どうなさいました?」
「たぶん……兄と私の幼馴染みです」
「たぶん、とおっしゃるのは?」
「はっきり聞いた訳ではないからです。ただ、なんとなくそうなのだろうかと思っただけですから。兄は子供の頃から、その方と親しくて……」
そこで弥生は一旦言葉を切って、少し迷う素振りを見せた。
「お願いします。どんな些細なことでも我々に話していただけませんか? 何が手掛かりになるかわかりません」
聡介は懇願するように言った。
「実名を思い出せないので、当時の呼び名でよろしいでしょうか?」
もちろんかまいません、と答えると、弥生は「まーくん」ですと答えた。
「まーくんは我が家のほど近くに住んでいた母子家庭のお子さんでした。お母様は水商売をなさっていて、父はそういう方の子供と遊ぶなといつもうるさく言っていました。でも兄はまーくんのことが一番好きでした。なぜだかわかりませんが、いつも彼の後ろを追いかけるようにしていました。やがてまーくんのお母様が再婚なさって、どちらかへ引っ越していってしまいましたから、それきり私はお会いしていませんが……」
ここからは推測だが、と前置きして彼女は言った。
高校を卒業してから関西に出た兄はその頃にまーくんと再会したのではないか。
子供の頃からいつも彼の真似をして追随していたように、その頃既にホストとして働いていたまーくんに誘われて、同じように自分も始めてみた。そんなところではないだろうか。
「なるほど……」聡介はすっかり感心してしまった。




