悩んでます
あの事件以来、義姉との間がギクシャクしている。
彼女ははっきり言ったのだ、自分が賢司の元に嫁いだのはお金の為だと。
普通ではない事情があるのはわかっていたけれど、いざ真実を知ると、割りきれない気持ちになってしまう。
周は自分が裕福な家庭に育ったという実感はない。
父の藤江悠司という人は、息子が欲しいものをねだれば次々と買い与えるようなことはしなかった。
働いた報酬としてお小遣いをアップしてくれて、それは食事の後片付けだったり、庭の草むしりだったり、家の掃除だったりと、雑用ではあったが、出来高に応じてボーナスもくれたりした。
父と兄の母親が亡くなった時も、実は遺産のことで少なからず親族と揉めたらしいが、当時中学生だった周の関知するところではなかった。
しかし考えてみれば周の曾祖父が興した藤江製薬株式会社は、もとはこの広島県内の小さな一製薬会社に過ぎなかったのが、商才に長けた祖父が全国規模の大手企業に拡大させたのである。
東京に本社を置き、全国に幾つか事業所があり、自社の研究施設を擁している。代表取締役、幹部は歴代の親族が務める同族会社で、周の父の悠司も専務取締役だった。兄の賢司は今のところ研究室長の肩書きを持っている。
しかしいずれは社長の座に就くだろう。
玉の輿なんていう言葉があるが、美咲は違うと思っていた。
もしかしたら何かもっと深い事情があるのかもしれない。
一人でぼんやりと考えごとをしていたら、食欲ないの? と頭上から声がした。
智哉が目の前に立っている。
「いや、考えごとしてた」今は昼の休憩時間。周はお弁当を半分残した状態で箸が止まっていた。
「ねぇ、そういえばあれからどうなったの?」
「何が?」
「お義姉さん、やっぱりストーカー被害にあってた?」
「……? あ、うん」
「気をつけなよ? 今の世の中、何が起きるかわからないんだから」
確かにそうだ。ストーカーに殺害されたというニュースは嫌というほど耳にする。
しかし周は、あの時出会った刑事がストーカーかどうかは判断がつかなかった。
「そう言えば昨日ね」と、智哉は周の前の席に腰を下ろした。「名前は知らないけど、周の知り合いの刑事さんに会ったよ」和泉のことだ。
そうなんだ、と周は相槌を打ちながらお弁当の残りを口に運んだ。
「昨日、塾に行こうとしてたらヤンキーにからまれちゃって……助けてもらったんだ」
「そうなのか?」
昨夜、和泉は一言もそんなことを言わなかった。
「あの人、名前なんていうの?」
「……和泉さん」
「ふぅん。カッコいい人だよね」
「まぁな。けど、中身はかなり変わってるぜ?」
智哉はふふっと笑った。
「でも、優しいよね」
「……うん」それは否定しない。
「ところでさ、周。賢司さんて相変わらず仕事忙しいの?」
忙しいというか、あそこまで行くと少し頭がおかしいのではないかと思ってしまう。もちろんそんなことを口にはできないけど。
「まぁな……時々、着替えを取りに帰るけどほぼ毎晩、会社に泊まり込みだよ」
そうなんだ、と呟いた友人の横顔はどこか寂しげだった。
思えば子供の頃から智哉は賢司によく懐いていた。兄も実の弟よりも彼の方が可愛いのではないだろうか、と少し嫉妬を覚えたぐらいである。
「でも、偉いよね。病気で苦しむ人の為に一生懸命なんだもの」
そういうお前のとこの父親も医者で、仕事が忙しすぎて離婚に至ったんだろうが。周はそう思ったが黙っておくことにした。
不意に携帯電話の着信音が鳴った。
あ、ごめんと友人はポケットから携帯電話を取り出した。
「……映画の試写会が当たったんだけど一緒に行かない?」
「映画? なんの」
「去年大ヒットした純愛小説を映画化したやつだよ。あ、周ってそういうの好きじゃなんだったっけ?」
「別に、いいけど……」
期末試験も無事に終わって晴れて自由の身だ。それに、家にいたって一人なのだ。
義姉の美咲はこの頃ほぼ毎日実家の旅館業を手伝っている。
あんな事件があったから客足が遠のくかと思いきや、物好きな人間はいるもので『美しすぎる仲居さん』を一目見ようと、予約が殺到しているらしい。
「じゃ、約束ね。明後日の日曜日」
そういえばもうすぐ夏休みだ。
今年はどう過ごそうか……。