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刑事のまなざし

 どうやら話は終わったらしい。


 そうして理解できた。池田記念病院はかなり有名な大病院である。今日、この場に招待されたのは藤江製薬と取引があるからだ。きっとお得意様に違いない。


 周が気を遣って横を向いて大あくびをした時、飲み物をサーブするテーブルの横に立っていた和泉と偶然目が合った。


 彼はにっこり笑って小さく手を振る。仕方ないので軽く手を振り返しておく。


 それから次に、ようやく主役が登場した。

 肝心の主役は短い礼を述べただけで、すぐにステージを降りてしまった。

「麻美さん、なんだか顔色が悪いな」

 いつの間にか隣に立っていた賢司が呟いた。


 それから司会者が、それでは皆さま、ごゆっくりとおくつろぎください、と締めくくった頃、少し彼女の様子を見てくる、と彼は言い出した。


 周は驚くやら、呆れるやら、怒りやら様々な感情が渦巻くのを感じた。

 思わず手を伸ばして兄の腕を掴む。

 少し驚いた顔で振り返られる。絶対に離してなんかやるもんか。


 周は自分より頭一つ分背の高い賢司の顔を睨み上げた。

「まがりなりにも旦那は医者だろ? 薬屋が出しゃばる幕はないんじゃねぇの」

 兄は時々ひどく暴力的になるが、基本的にそれほど腕力はない。自分と似たりよったりだろう。周は掴んだ手に力を込めた。

「だいたい他所の奥さんに気を遣う前に、自分の奥さんを大事にしてやるのが筋ってもんだろ。それとも、大事な取引先は自分の家族よりも優先させるべきなんだ? あんたにと……もごっ?!」

 背後から抱きつかれ、大きな手で口を塞がれる。振り返らなくても和泉だとわかる。

「ちょっと待ってちょっと待って、お兄さん。いくら弟だからって、そんな口の聞き方を許してもいいですのん?」

 なんか、どこかで聞いたような……。

「……」


「周君ね、お兄さんがああして取引先のお得意様に気を遣ってくれるおかげで、君もちゃんとしたお家で眠れて、ご飯を食べて、学校に行けるんだよ? 可愛い猫ちゃん達の面倒だって、お兄さんなしでは見られないってことちゃんとわかってる?」

 賢司が驚いた顔をして動きを止めている。

 弟の手が離れたことにも気付かないほどに。


「わかった? 周君。わかったらちゃんと、お兄さんに言い過ぎてごめんなさいって」

 ぱっと手を離されて自由になる。


 何も知らないくせに、わかったような口をきくな!


 周がそう叫ぼうとして息を吸い込んだ瞬間に、和泉がなぜか冷たい目で賢司を見つめているのに気付いた。

 刑事の眼差しで兄を見ている。


 なんでだろう?


「話は変わるんですけど、藤江製薬さんって育毛剤なんかは発売してないんですか? 実を言うと同僚でまだ30代なんですけど……だいぶ額の辺りが涼しくなっている人がいましてね。いいのがあったら勧めてあげたいんですよ」

 一転してにこやかな表情に戻り、和泉はどうでもいい話を振って来る。

 賢司が苛立っているのがわかる。

「あと、腰に貼る湿布薬なんですが……」

 諦めたようだ。賢司もまた笑顔を浮かべて応える。

「そうですね、ホームページをご覧ください。通信販売も行っていますよ。湿布薬ならお買い得な大量パックをお勧めしますね」

「わかりました。それから……」

 和泉はまた厳しい眼に戻る。

「警察の捜査を妨害しようとする人間には、どんな罪状がつくと思いますか?」


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