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出雲大社のご利益

 時々、鏡を見ていると周は思う。


 自分は兄の賢司と少しも似ていない。それは、母親が違うから当然のことだろうと思っていた。


 父の悠司はいつも『周はお母さんに顔はそっくりだけど、中身はお父さんにそっくりだ』と言っていた。


 周が一番父親に似ているところは、少し明るい色の真っ直ぐで柔らかい髪。猫の毛みたいだ、と父はいつも気持ち良さそうに頭を撫でてくれた。


 賢司は父とも似ていない。彼は、彼を産んだ母親とよく似ている。

 そしてふと思い出す。


 父は時々、兄をひどく冷たい眼で見つめていた。


 賢司の母親と父がひどく不仲だったのは幼い周にもよくわかっていた。兄の顔を見ていると、思い出してしまう苛立ちがあったのかもしれない。


 だけど、それは兄の責任じゃない。賢兄がかわいそうだ……。


 思えば父と兄は一つ屋根の下に暮らしながら、どこか他人行儀だった気がする。


 弟ばかりを溺愛する父親に愛想を尽かした長男。顔を見ていると、妻の嫌なことばかりを考えてしまう父親。

 もしかしたら賢司は家庭に安らぎを見いだせないのかもしれない。   


 だからああして仕事にのめり込んで、そこに自分の居場所を見出している。

「だったら、職場の仲間と結婚すりゃ良かったんだ」

 周は口に出してそう呟いた。

「確かにね」

 聞き覚えのある声が、背後からいきなり割って入った。

 振り返らなくても鏡越しに誰がいるのか分かる。

「……和泉さん……? なんですか、その格好……」

 黒いベストに長めの黒いエプロン。いつもと違う髪型に眼鏡。声を聞かなければ一瞬誰かわからなかった。

「なんでこんなとこに……?」

「なんでって……周君に会いたかったから」

 適当なこと言いやがって。

「でも、偶然ってほんと重なるもんだね。たまたま僕が仕事で来た場所に、必ず周君がいるっていうのはさ……もう、ここまで来ると運命感じちゃうよね?」

 和泉は周の両肩に手をかけて、鏡を覗き込んで笑った。

「別に感じませんけど」

「出雲大社のご利益が、県境を越えてこんなところにまで来たのかも。僕と周君は運命の赤い糸で結ばれているんだね」

 確かに出雲大社のある島根県は広島県の北に位置する。

「別に、俺は義姉の付き添いで来ただけですよ。好んでこんな金持ちの暇潰しに出席したりしません」

「だろうね」そう言って和泉は髪型を手で直し始めた。

「和泉さんこそ、昨日の今日で身体は大丈夫なんですか?」

「もう平気だよ、ありがとう」

 無理していても顔には出さないようにしているのだろうか。昨日ほど顔色は悪くないけれど……。


「俺、そろそろ戻ります。義姉が心配だし」

「そうだね、僕も戻らないとどやされちゃうよ」


 パーティー会場に戻ると、賢司は周の知らない白髪の男性と話しており、美咲は一人で壁の花と化している。彼女は周の顔を見つけると駆け寄ってきた。

「どこ行ってたの?!」

「ごめん……」

 なんとなく一緒に来た和泉を見た彼女はすぐに気付いたらしい。微笑んで、

「あら、い……」和泉さん、と言いかけた。

 和泉は人差し指を唇に当てて空いた皿を片付けていく。


 その時、パッと会場全体が暗くなり、ステージにライトが点いた。

「皆様、本日はお忙しい中、ようこそおいでくださいました」

 司会者がスタンドマイクの前に立って話し始める。

「それではまず主催者である、池田記念病院院長、池田佳春さんから皆さまへご挨拶いただきましょう」

 拍手が起こり、舞台にスーツ姿の男性があらわれた。

「皆様、本日はご多忙の中、我が妻、麻美の誕生日を祝う会にお集まりいただき、心から感謝申し上げます……」

 しかし話はすぐに妻のことから大きく逸れて、現在の社会保険制度や福祉に関する国の政策、高齢化社会における医療や介護の在り方という話題に流れて行った。


 こいつ、こんど衆議院議員選挙にでも出るつもりか? と、周は話半分に聞き流しながら近くにあった料理をつまんだ。


 レシピ教えてもらえないかな、なんてことを考えている内に、再び拍手が起こった。


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