社交界デビュー
「……なんか似てるな」周は呟いた。
「誰に?」
「和泉さんと、うちの兄貴」
「どうしてそう思ったの?」
「なんとなく、ああして仕事に戻る後ろ姿が」
「そうね……」
義姉も何か思うところがあるのだろうか。遠くを見つめる眼をした。
「それより、人間も晩ご飯にしようよ。腹が減った」
それから夕食を終えて、なんとなくテレビをつけたらニュースをやっていた。
ちょうど気象予報のコーナーで明日は通勤通学の時間帯に雨が降ると言っている。
そう言えば今日は日曜日の夜だった。憂鬱になる時間だ。
「義姉さん、明日も仕事?」
周が問いかけると、ソファに腰掛け通信販売のカタログを見ていた義姉は顔を上げた。
「ううん、明日は用事があるの……」と、なぜか浮かない顔をしている。
「なんか面倒くさいやつ?」
「うん、できれば行きたくない」
「ひょっとして、なんとか先生を励ます会とかいう、政治家の提灯持ちみたいな安いパーティー?」
藤江家は古くから広島県内の権力者たちと付き合いがある。これからはそう言った付き合いは全面的に長男である賢司が担うことになるのだろう。
「池田記念病院って知ってる?」有名な総合病院だ。
美咲は溜め息をつきながら言った。「そこの院長婦人の明日、お誕生日パーティーなんですって。夫婦同伴で参加するように言われたらしいわ」
「ふーん……」
「ねぇ、周君も一緒に来てくれない?」
「俺?! 学校だぜ」
「パーティーは夜なのよ。それに……弟さんも是非って書いてあったわ」
美咲の言葉に周は少しひっかかるものを感じた。
「なんで、今日の今まで黙ってたんだよ?」
そう急なお誘いでもあるまい。すると美咲は申し訳なさそうに、
「賢司さんが……周君はどうせ誘っても来ないから黙っておけって」
「俺も一緒に行く」
「……いいの?」
「行くって言ったら行くんだよ」
美咲はぱっ、と顔を明るくした。
「ありがとう、周君! 嬉しい」
半ばやけくそというか、理由としては兄に対する反抗的な気持ちだけだったのだが、こんなふうに義姉が心底喜んでくれると複雑な気分だ。
まぁいい、変な男が義姉に絡んできたら追い払うだけだ。
※※※※※※※※※
「班長、今日は定時で帰っていい?」
聡介は自分の耳を疑った。
事件発生から3日後。まだあまり解決の糸口も見えなくて、そろそろ刑事達の疲労が溜まってきた頃だ。
「三枝……今、何て言った?」
「だから、定時で上がりたいって。今夜は友達の誕生日パーティーなんだよ」
濃い顔をした刑事は、招待状を机の上に置いてそう言った。
信じられない。というか、信じたくない。
「お前、それは本気で言ってるのか……?」
「僕は真剣だよ」
聡介は深く溜め息をつくと、机の引き出しから頭痛薬を取り出した。
「……彰彦だって、そんなふざけたことを言ったことはないぞ」
「ちょっと、聡さん!」
聞き耳を立てていた和泉が口を挟む。
すっかり回復したようだ。
具合が悪かったせいとはいえ、休息を取った分仕事が遅れて、今必死に挽回している。
「なんでそこで僕を引き合いに出すんですか?!」
「ああ、すまん。なんかお前達、ちょっとキャラが似てるんだよな……」
「失礼な! 僕をこんなアラブ人と一緒にしないでください!!」
「僕は日本人だよ」
もっと頭が痛くなってきた。聡介は使用上の注意をさらっと呼んでから、薬の瓶から2錠を取り出す。
「あれ、それって藤江製薬の……」和泉が言った。
「この薬はよく効くぞ。けどな、本当言うとお前達が俺の頭痛の原因を減らしてくれるのが一番の薬なんだがな」聡介はペットボトルの水で薬を飲んだ。
「頭痛薬に見せかけた毒薬かもしれませんよ」
「……」
「何しろ、製造している人間が毒そのものみたいなものだから」
和泉は苦々しげな顔をして、藤江製薬の製造工場兼広島支社のある方向を睨んだ。
「それは……誰のことだ?」
「決まってるでしょう、あの男ですよ。ま、そんなことはどうだっていいです」
まさか周のことではあるまい。
あの子はまだ学生だし、和泉は彼と仲が良い。
だとすれば該当するのは今のところ一人しかいない。




