早退しました
日曜日の夕方の食品売り場はやたらに混んでいる。バターだけを一つ買うのも少し恥ずかしいので、他に足りない物をカゴに入れていてから列に並ぶ。
周があんなことを言うから本当に大福を買ってしまった。
一件の事件にどれだけの捜査員が投入されるのかは知らない。よくテレビでみる刑事ドラマなんかだと、30から40人ぐらいは会議室に座っているような気がする。一パック6個入りの大福なら、最低でも5パックは要るということか。
そんなことを考えてみて美咲は苦笑した。
けれど、いつも弟が世話になっているのだし、隣室の親子にはいずれ大福でも差し入れしようか。
スーパーの袋を提げてマンションに戻ると、見たことのある車がちょうど駐車場に入ってきたところだった。
一人の中年男性が降りてくる。その男性は後部座席のドアを開けると、
「ほら、しっかり掴まれ」と、中から誰かを引き摺り出そうとしていた。
しかし思うように行かないらしく「おい、手伝ってくれ」
呼ばれて運転席から降りてきたのは駿河だった。
美咲は思わず建物の陰に身を隠した。
「和泉さん、つまらない意地を張っている場合ではありません」
相変わらずの口調で彼と中年男性が車から引っ張りだしたのは和泉だった。
「……まだ、会議が……」
「ああもう、面倒くせぇな。そんなに捜査会議に参加したかったら、衛星中継でもなんでも使えばいいだろうが。それともおめぇは相棒を信用できないのか?」
和泉の顔色はひどく悪く、額に汗を浮かべている。
今まで元気な姿しか見たことがなかったので驚いた。
「……残念ながら、家の鍵を持っていないんですよ……」
「なんだってぇ?! 何やってんだ、班長は!!」
そういう訳ですから、と和泉は再び車に乗ろうとする。
「あの!」思わず美咲は飛び出してしまった。
全員の視線が集中する。
「家でお休みになってください! 周君もいますし……」
中年男性はポカン、とした顔をしている。駿河は少し驚いたようだった。
美咲はエレベーターのボタンを押した。
「だとよ、ジュニア。美人さんの言うことは聞くもんだぜ」
急いで家に戻り、入ってすぐの和室に客用の布団を敷く。
それから再び玄関に出て和泉達を迎える。
「……義姉さん?」
周がやってくる。
「周君、手伝って!」
「和泉さん?!」
美咲は周と一緒に和泉を抱えて布団の上に寝かしつけた。
ネクタイを外してワイシャツの襟を緩めようとした時、手を掴まれた。ひどく熱い。
「周君、頼むよ……」
うん、と周は和泉のワイシャツのボタンを外し、ズボンのベルトを外した。
美咲は台所に行って氷のうを探した。
氷のうを額に乗せ、掛け布団で覆う。
「後はお任せください」
玄関で待っていた仲間二人に美咲は微笑みかけた。
それから、
「あ、そうだ。これ……少ないですけど皆さんで召し上がってください」
さっき買った大福を中年男性の方に渡す。なぜかぎょっとした顔をされた。
「ありがとうございました。それじゃ、また迎えに来ますんで」
駿河は何も言わなかった。
無言で頭を下げただけだ。
何か言って欲しかった訳ではない。けれど、ひどく切なく、締め付けられるような思いがした。




