体調不良
「それにしても、かなり重要な情報じゃないか。よく聞き込んできたな」
「そこは僕の人脈だよ。あと、日下部ちゃんて外見が怖いからさ」
つまり、怖くてついしゃべってしまったということか。
「それに、高島亜由美って有名人だよ。時々新聞や雑誌に顔を出すし、ローカル番組にも出てるよ。流川界隈で働いてる人達は、彼女がよくいろんなホストと一緒に歩いているのを見てるみたいだね」
「戻りましたー」と、友永が会議室に戻ってきた。
「おっ、ケーキ! 俺、モンブランね。お茶よろしくー」
よいしょ、とパイプ椅子に腰を下ろす。それからまわりを見回すと、
「あれ、ジュニア達はまだですか?」
そう言えば和泉と駿河は一緒に被害者の葬儀に出向いたはずだ。まだ何の連絡もない。
「休憩の前にまず報告をしろ」
聡介が言うと友永は、そうだったという顔をした。
「なんか、ほんとかどうか知りませんけどね……ガイシャ……隼人ってやつはゲイの噂があったそうですよ」
「……何だって?」
「噂ですよ、噂。それっていうのも、ガイシャはそう簡単には客と寝ないってことで有名だったそうですから。それがおもしろくない女が適当に流した噂でしょうけどね」
「一流のホストはそうだよね」と、三枝が言った。
「それとガイシャの勤めていた店、そこそこセレブが通う店だそうですよ。医者の妻だとか、弁護士の妻だとか、県会議員の妻だとかね」
「よくそんなこと調べ出してきたな」
すると友永はふふん、と得意気に鼻を鳴らした。
「王子だけじゃなく、俺にもあの界隈には檀家がいるもんでしてね」
檀家とは警察に情報提供してくれる一般市民のことだ。
社会的地位もある裕福な家庭の主婦達が繁華街に繰り出して、ホスト達と遊んでいたなどという話が、世間にバレたら大スキャンダルだろう。
被害者が金に困っていて、客であるセレブな奥様に脅迫めいたことを言って、強請ろうとしていたとも考えられる。
その時、和泉と駿河が捜査本部へ戻ってきた。その顔を見て聡介はぎょっとした。
ひどく和泉の顔色が悪い。
「彰彦? いったいどうしたんだ」
「……なんでもありません……」
なんとか自力で立っているという状態だ。歩こうとしてふらつき、駿河に支えられる。
しかしそれすら不満らしく、その手を振りほどこうとする。
「しっかりしろ!」
聡介は和泉の脇に手を差し入れて、自分よりも少し大きな身体を支えようとした。
「なんでもない……平気、ですから……」
「そんな訳があるか! お前はもう家に帰って寝ていろ。葵、悪いがこいつを家まで送ってくれないか」
そう口にしてからしまった、と聡介は失敗に気付いた。
他の部下に頼めば良かった。駿河に自宅へ送らせたら万が一、美咲とばったり出会ってしまう可能性もある。
しかし駿河は顔色一つ変えずに、承知しました、と答える。
「あ、いや……やっぱり友永、お前に頼む」
「自分が行きます」
「んじゃ、俺も」そう言って友永は立ち上がり、残りのお茶を飲み干す。
「まだ、仕事が……」
なおも食い下がろうとする和泉を、駿河と友永の二人が両脇を抱えて会議室から連れ出す。聡介は完全に彼らの姿が見えなくなるまで見送った。
「班長、和泉の奴はどうしたんです?」
戻ってきた日下部が訊いた。
「わからん……」
実際、何があったのかはわからない。しかしこれだけは言える。
さっきの和泉の眼が、出会ったばかりの頃のあの、手負いの獣のような眼に戻っていたということに。




