血糖値が気になっても
周達と別れて捜査本部に戻った聡介は、三枝と日下部が何やら話し合っているのを見かけた。
刑事達は聞き込みの後、それぞれ自分達が見聞きしたことを話し合い、そうしてまとめて捜査会議の席で発表する。
初めの内、聡介はかなり本気で、駿河を除く全員、こいつらは刑事としてやっていけるのかと心配していたが、間もなくそれは杞憂に過ぎなかったことを実感することになった。
彼らにはそれぞれ深い理由があって、不真面目なフリをしているだけかもしれない。
今も二人は熱心に事件の話をしている。
が、その内会話は妙な方向に流れて行った。
「だから、班長は絶対フルーツタルトだって」
「そうかなぁ? お酒飲めないんでしょ、だったらこのケーキは無理だよ。洋酒が入ってるから」
「となると、残るはモンブランかチーズケーキだぞ」
……何の話をしているんだ……?
「おい……」
「あ、班長。お帰りなさい。どれにする?」
会議室に備えてある長方形の机には、色とりどりの可愛らしいケーキが乗っている。
「どうしたんだ? これは」
「京橋川のケーキ屋さんですごく可愛い店員さんがいたから、思わず人数分買ってきたんだよ」
「……お茶入れて来い」
血糖値のことを考えるとケーキはよろしくない。充分承知しているが、たまにはいいかなと自分を納得させる。
「それで、報告は?」
娘が見ていたら目を尖らせるだろう。そう思いながらも、聡介は大好きなチーズケーキを頬張りながら幸せに浸っていた。
「途中で何度か、所轄の連中と聞きこみが被りそうになって大変でした」
「だろうな。それで、何か参考になりそうな情報は聞けたのか?」
日下部はなぜか三枝を見た。すると、
「自分で言いなよ」
「……どうしたんだ? どんな些細なことでもいい、お前自身が感じたことを話せばいいんだ」
「たいしたことじゃありません……」
聡介は部下の顔をじっと見つめた。気まずそうに目を逸らされる。
「重要かそうでないか、聞いてみなければわからないだろう」
すると日下部は自信なさそうに話し始めた。
京橋川沿いには市内にチェーン展開しているイタリアンレストランがある。リーズナブルなのに本格的な料理が味わえると、休日の夜ともなれば2時間ぐらい待たされることもある。
そこの店の経営者は女性で地元の人間だという。高島亜由美という名の女性社長は独身で、男は遊びだと割り切っているそうだ。
忙しい仕事の合間を縫ってホストクラブで遊ぶのが唯一の息抜きだったという。
彼女はいつも金払いが良く、ツケは使わない。その夜のお金はその夜の内に精算してしまう
だから、ホスト達も彼女に指名されるのを心待ちにしていたとそうだ。
その女性社長が最近、特に気に入っていたのが被害者だった。
とはいうものの、移り気な夜の蝶は、他のホストも同時に可愛がっていたらしい。
「それから、これは不確実な話ではありますが……」
「おい、日下部」
大きな身体をしており、柔道もやたらに強い。
同期の和泉をライバル視しているわりにはあまり、一生懸命目立とうとしたり、手柄を焦っている様子も見られない。
聡介が呼びかけると叱られるのかと思ったのか口を噤んでしまう。
「たいしたことじゃないとか、不確実だとか、そんな前置きはいい。お前が見聞きしたことを報告してくれたらいいんだ」
「はぁ……それでは。その女性社長は流川2丁目に新しいホストクラブをオープンする予定だったということです。その店に被害者を誘っていたとか」
「つまり、引き抜きっていうことだな?」
そうです、と答えている最中に携帯電話が鳴りだした。
すみません、と日下部は会議室を出て行く。
「上出来だったでしょ? 彼の報告」
いつの間にか三枝が隣に座っていた。
「……お前からの報告は?」
「ないよ。だって日下部ちゃんが上手にまとめてたじゃない。以下同文」
「……」
「彼さ、報告する時すごく自信なさそうでしょ? あんな大きな身体してるくせに肝は小さいんだよね」
「お前は何か知っているのか? 日下部のことを」
三枝はフルーツタルトに乗っていたサクランボの枝を器用に舌で結んで、
「昔ね、三原中央署の地域課にいた頃、殺人事件の捜査に駆り出されたことがあるんだって。それで刑事を志望することにしたらしいんだけど……」
「けど……?」
「そこから先は本人に聞いてよ」確かにそうだ。




