妹の供述
和泉は一瞬、市松人形に声をかけられたのかと思ってしまった。ボブカットというにはあまりに綺麗に揃い過ぎている。
「水島弘樹の妹の、弥生と申します」
こちらへどうぞ、と案内されて連れて行かれたのは、彼女の部屋と思われる可愛らしい飾り付けの施された洋室だった。
二階のその部屋からは庭の受付場所が見える。
「本当に警察の方ですよね? 何か証明できるものを見せていただけますか?」
だいぶ用心深い性格のようだ。和泉と駿河は警察手帳を開いて見せた。
「……失礼しました。何しろマスコミの方だとか、警察を名乗る野次馬だとか、無礼な方が大変多くいらっしゃるものですから……」
その無礼な方には恐らく広島北署の刑事も含まれるのだろうな、と和泉は思った。
「何からお話したらよろしいのでしょう?」
弥生は刑事達に座布団を進め、自分は学習机の付属のような椅子に腰かけた。
なんだか彼女を見上げる形で質問をすることにする。
「主にお兄さんの交友関係を洗っています。貴女はお兄さんの親しくしておられた方、もしくは恨みを抱いていた方に心当たりはありませんか?」
「……大勢いたのではないかと思います」
被害者の妹は答えた。
「大勢?」
「何しろああいう職業ですから。上手いことを言って女性のお客様を言いくるめて、大金を出資させていたのでしょう? 中には本気で結婚まで考えていた方もおられるのではありませんか?」
それはそうかもしれない。
遊びと割り切っている女性もいれば、本気になってしまう女性だっているはずだ。それが期待通りにならなくて恨みを覚える相手もいるに違いない。
「実際、どうやってお調べになったのか、我が家にも脅迫めいた手紙を送って来られた方がいらっしゃいました。一緒になってくれなければ死ぬ、とか、貸したお金を今すぐ全額返さないと家に火を付ける、ですとか」
水島弥生は淡々と語っている。
「そのことを、警察には……?」
「もちろんお届けしました。あまり親身にはなっていただけませんでしたが」
広島も山口も県警の対応は似たり寄ったりということか。
確かに警察は、特に刑事は初めに遺体ありきで動き始めるものだ。
『防犯』という単語は、各家庭でとりあえず何とかするものだという意味合いだと和泉自身は考えている。
ふと和泉は、ここへ来る前に立ち寄った山口県警岩国東署の警官の対応を思い出した。
『岩国で水島家と言えば知らない人はいない名家ですからね、くれぐれも怒りを買うような言動はしないようにしてくださいよ』
そんなことばかり言っていたような気がする。
しかしそうだとすれば、彼女が脅迫状のようなものを届け出た時、もっと真剣に取り合っても良さそうなものではないだろうか。
和泉の内心を見透かしたかのように、弥生は続けて言った。
「兄は、縁を切られていましたから。水島の家の者として扱われていなかったんです」
「分かり易い話ですね」思わず和泉は口に出して言ってしまった。
くすっ、と市松人形が笑った。
「父や母は確かに、兄を失ったことで悲しみにくれてはいますが、一番気になるのは世間体です。あんな職業に就いていて、仕事上のトラブルで殺されたなんて……」
「まだ、仕事上のトラブルで殺害されたと決まった訳ではありませんよ」
和泉が言うと、弥生ははっと手で口元を抑えた。
「……仰る通りですわ」
この女性は両親をあまり良く思っていないのかもしれない。駿河は先ほどから黙ってひたすらメモを取っている。それから弥生は続けた。
「でも、一度だけ……」
「一度だけ?」
「兄を訪ねて、女性の方がここへお見えになったことがあります」
「どんな女性です?」
「お名前は名乗りませんでした。ただ、もう一度見ればわかると思います」
「どんな用件でしたか?」
すると弥生は机の引き出しから一枚の便箋のような物を取り出して見せた。そこには手紙で『借用書』との記載があった。そして水島弘樹のサイン。借りた額は約300万円。
「……これだけの額をきっちりと返せ、と、そう仰いました」
客が支払いをできなかった分はホストが自腹で、ということになる。
そうなれば当然借金しなくては精算できない場合もある。
ああいった夜の世界のことに和泉はあまり詳しくないが、当然ながら背後に暴力団の影も見え隠れすることだろう。
それこそ生きるか死ぬかの瀬戸際だったかもしれない。
「その時、その女性の様子はどんな感じでしたか?」
「かなり切羽詰まっておられました。なんでも、お店の経営が思わしくないとか……」
脅迫状を送るだけでは飽き足らず、直接借金の回収に向かって口論になり、思い余って刺してしまった……。
まだ結論を出すのは早い。和泉は心の中で首を横に振った。




