意外な一面
やれやれ。和泉は着替えを鞄に詰めて広島北署に戻った。
中に入ると捜査本部はなぜか色めき立っている。
被害者の携帯電話の通話記録が判明したのだ。
遺体発見現場に携帯電話はなかった。犯人が持ち去ったのだろうと思われていたが、実は現場から100メートルほど離れた場所のゴミ箱に投げ捨てられていた。
携帯電話は破損していたが、つい先ほど鑑識でデータの復旧に成功したらしい。
刑事達の手元には通話記録を記載したコピーが配られていた。
「こいつは、敦って奴に宛ててストーカー並みに電話をかけてるな」
管理官である滝本が言った。確かに一日のうちに何度も敦というホスト仲間に電話をかけている。
通話記録リストを見ていると、用心していたのだろう『蝶々夫人』だの『3丁目の貴婦人』など、ニックネームなのか暗号なのかわからないが、巧みに名前を隠すように番号が登録されていた。
「着信で一番多いのは『京橋川の君』ですね」
聡介が言った。京橋川沿いに住んでいる女性だろうか?
「殺害される直前に連絡を取っていたのも、この京橋川の君ですね」
和泉はリストを覗き込んで言った。
「問題はそれが誰のことか……ってところだな」
「よし、お前ら! 京橋川中心に聞き込みだ!!」
広島北署の若い警部補は自分の部下達に発破をかけた。
部下達は一斉に会議室を出て行く。ちらりと和泉が今西佳織を見ると、彼女はもう他の男性にターゲットを変更したようだ。
しきりに組んだ刑事に話しかけては無意味にベタベタ触れている。
コンビ解消できて本当に良かったと心から思った。
「登録されている暗号みたいな名前を見る限り、きっとどの女性もそれなりにお金のある人なんでしょうね」
和泉の独り言に「そうでもないよ」と、応えたのは三枝だ。
「ごく普通の主婦や女子高生でもホスト遊びにハマって、借金で首が回らなくなるっていう話はめずらしくないよ」
「さすが元生活安全課」
「もちろん、セレブな奥様達もホスト遊びは大好きだけどね」
よし、と聡介が部下達に声をかける。
「お前達、全員で手分けして電話をかけてみろ」
通話記録リストに沿って順番に電話をしてみるが、結果は捗々しくない。警察を名乗った途端に切られるのがほとんどだ。皆一様に関わり合いになることを避けている。
無理もない。もしも主婦であれば、夫のいる身でホスト遊びをしていたことがバレたら、無傷ではすまないだろう。
ところが。
「……残念ですが真実です」と、駿河の平坦な声が耳に入った。「貴女のお名前は?」
全員が彼の傍に寄る。
通話ボタンを切って顔を上げた駿河は聡介に報告した。
「今、京橋川の君という人物にかけたのですが、応答したのは女性でした。隼人……水島弘樹が亡くなったことを知らなかったようです。申し訳ありません、名前を聴取することはできませんでした」
「いや、かまわん。彰彦、明日の午後は被害者の葬儀に行くんだったな?」
聡介は満足そうに頷きながら言った。
「もう今日ですよ。ちょっと疲れたからギブアップです、休ませてください」
「そうだな。お前達、明日に備えてもう休んでくれ」
刑事達はその声を合図にそれぞれ散って行く。
和泉は会議室の椅子を並べて横になった。
スマートフォンで不動産情報サイトを開く。何気なく辺りを見回すと、日下部がちょうど視界に入った。
彼は慣れない手つきで携帯電話をいじり、メールを打っているようだ。ちらりと画面が見える。
『遅くなってすまない。これから帰るけど先に休んでいてくれ』
普段彼に奥さんの話を振ると、恥ずかしいからなのかロクなことは言わないくせに、実はちゃんと大事にしているようだ。
あいつは真面目な人間だ、という父の言葉は真実かもしれない。




