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猫の額に眉毛を書く

 それから10分ぐらい経った頃。

「何見てるの?」

 頭上で和泉の声がした。

 とりあえず無視。すると、一人でも狭いスペースに無理やり和泉が侵入してくる。上背のある彼にはかなり窮屈そうだ。

「ここ、狭いね」

「あんたが無理に入ってくるからだろ?!」

「大きな声出さないの」

 言われてはっ、と周は口をつぐむ。

「そういう訳だから、ペアシートに移動しようか」

 嫌です、と言おうとしやめた。どうせ逆らっても無駄だ。


 案の定、周は米俵のように和泉の肩に担がれて本人の意志に関係なく移動させられる。


 ネットカフェの店員に妙な顔で見られた。二人掛けのソファーに座らされる。

「それで、どうしてこんなプチ家出みたいな真似してるの?」

 和泉が長い脚を組んで肩に手を回してくる。顔が綺麗なだけ様になる。

「……」

「黙秘権を行使するつもり? 警察の取り調べは厳しいよ。それとも、弁護士を呼ぶ?」

「なんでこんなことしてるのかって、その質問、そっくりそのまま和泉さんにお返ししますよ」

 すると和泉は真面目な顔をして答えた。

「……あんな美人に目の前で泣かれたら、男としては黙っていられないよ」

 義姉は泣いていたのか? 周は胸が疼くのを感じた。

「で、お義姉さんと何があったの?」

 答えたくない。

「それを聞いてどうするんですか? 和泉さんには何の関係ないでしょう。うちの家庭の問題です」

 しばらく二人の間に沈黙が降りた。


「ま、確かにそれもそうだね」と、和泉が急に立ち上がる。

 じゃ、そういうことで。そう言って彼はさっさと出口に向かう。


 どうせ途中で足を止めて振り返るんだろう。その手には乗るもんか。


 しかし、店の玄関口からありがとうございましたーという声と、ドアが開閉する音が聞こえた。

 本当に出て行ってしまったようだ。


 周は慌てて精算を済ませ、店を出たところで追いつき、和泉の背広の袖口を掴む。

「待ってください! メイはちゃんと返してくれるんですよね?」

 すっかり夜も更けているが、それでもこのネットカフェがある通りは人の流れが途絶えることがない。通りの真ん中で立ち話をしている二人を身咎める者はいなかった。

「周君が自分の家に帰るならね」

「卑怯だぞ!」

 すると和泉は冷たい目で周を見つめてきた。

「現実から目を背けて逃げ回って、自分の殻に閉じ籠ってる君に人のことを批判できるの? 美咲さんと顔を合わせるのが気まずいなら、居心地良くする努力をすればいい。違う?」

「……あんたに何がわかるんだ!」

「全部は理解できないよ。けど1つだけ分かるのは、美咲さんが周君を心から大切に思っているってこと」

 そんなことはわかっている。充分過ぎるほどに。


 和泉は周の手をほどいて歩き出す。彼の言うことは間違っていない。こんなことをしていても無意味だ。


 周はまた和泉の背広の裾を掴んだ。

 端正な顔が振り返る。

「一緒に……帰ってもらえます?」

 もちろん、と彼はにっこり微笑んだ。


 幸い猫の額に眉毛は書かれていなかった。


 玄関のドアを開けると、おかえりなさい、美咲は何もなかったかのような顔で迎えてくれた。

「ただいま……」

「お風呂沸いてるわよ」

「うん……」

「猫ちゃん達もそろそろシャンプーしないとね」

 2匹は危険を感じたのかすたすたと奥に引っ込む。


 和泉さん、ありがとうございました。義姉がそう言ったのを周は背後で聞いた。


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