女性経営者
開店した店内は女性客でいっぱいだった。
店内のあちこちで嬌声が上がり、謎めいたコールが飛び交う。この店でナンバーワンだという『敦』を探すとすぐに見つかった。
彼はまだ女子高生ではないだろうかと思われるほど若い少女達の前でひざまずき、何やら囁いてはくすくすと笑われている。
和泉は生活安全課にいたことがないから内情はよく知らない。
しかし、未成年の少女がホストクラブ遊びにはまって、その内返しきれない借金を抱えて、身動きが取れなくなった頃、自ら売春婦に身を落とすというケースを何度か聞いたことがある。
「失礼ですが、敦さんですか?」
聡介が声をかけると、相手はあからさまに迷惑そうな顔を見せた。
「そうですが……警察の方なら、さっき来た方に全部お話しましたけど?」
広島北署の連中に先を越されていたか。
「申し訳ありませんが、もう一度お話を聞かせてくださいませんか」
聡介の丁寧な言い方に少し驚いた顔をしたホストは、少しなら、と客である少女達に断りを入れて、事務所へと刑事達を案内してくれた。
そうして改めて向かい合ってみると、さすがにナンバーワンだけあって顔はいい。少し鼻につくような気障なポーズも板についている。
「……隼人のことですよね?」
「ええ、そうです。親しくしておられたと聞きましたが?」
敦は足を組んで天井を見上げ、息をついた。
「親友、でした……」
なんだか涙を堪えているように思えた。
それは和泉の勘に過ぎないが、彼はもしかしたら『隼人』こと水島弘樹と何か感情のもつれのようなものがあったのではないだろうか。
その時、
「何してるのよ、敦!」と、甲高い女性の声が聞こえた。
身体の線がぴったりと出るワンピースを着た中年女性が、腰に手を当ててこちらを睨んでいる。おそらく50代ぐらい。もしかしたらこの店のオーナーかもしれない。
「お客様をいつまで待たせるつもり?」
「すみません、美和子さん!!」
敦は刑事達に頭を下げて客席に戻る。
美和子さんと呼ばれた女性は、敦が座っていたパイプ椅子に腰かけると、父子をジロリと見つめる。ハンドバッグから細い煙草を取り出してライターで火をつける。
「……あなた達も刑事?」
「ええ、そうです。少しお話を伺えますか?」
煙草のけむりが苦手な聡介は少し息苦しそうにしながら言った。
「いったい誰が隼人を殺したのよ? こっちが聞きたいぐらいわ。あの子はね、いいお家柄の奥様達に人気だったの。うちにとって絶対に手放せない子だったのよ」
「失礼ですが、お名前は?」
聡介が名刺を差し出しながら訊ねると、
「……この店のオーナーよ、玉城美和子」
「薬研堀通りに新しくできる店から、引き抜きの話が出ていたとか?」
玉城美和子はジロリとこちらを睨んできた。
「誰? そんなことを話したおしゃべりは」
「真実なのですか?」
「……仮にそうだったとして、あの子が辞めたいと言ったら私には止める権利なんかないでしょ。せいぜい、今よりいい条件を提示するぐらいしか」
聡介と和泉は顔を見合わせた。
店を辞めたいというホストと、なら今よりもっといい条件で働かせてやるというオーナー。交渉決裂の末に刃傷沙汰、ありえなくはない。
「差し支えなければお答えいただきたいのですが、昨夜午後10時から午前2時の間、どちらで何をなさっていましたか?」
アリバイってやつね、と玉城美和子は煙草を灰皿に押し付けた。
「人と会っていたわ」
「どなたですか?」
「……言えないわ、そんなこと。相手に迷惑がかかるでしょう?」
つまり、公にはできない相手と密会していたということか。
「私は隼人を殺したりしていないわ。だいたい、自分の損になるようなことをする訳ないじゃない。動機がないわよ」
そうですね、と聡介は相手に合わせる。
「もういいかしら? 私も忙しいのよ。それと、言っておくけどお客様の情報は一切明かすことはできないから」
シルバームーンのオーナーはすくっと立ち上がると、店の方に消えて言った。




