決裂
年齢は20そこそこぐらいだろうか。
肌はつやつやしており、まだあどけなさの残る可愛らしい顔立ちはきっと、年上の女性にウケがいいことだろう。
「えー、隼人さん殺されちゃったんですかぁ?」
まるで緊張感の欠片もない話し方。それが癖なのだろうが、やたらに長い前髪を捻じっては、手鏡を取り出して形をチェックする。
見ていて和泉は次第にイライラしてくるのを感じた。
苛立ちの原因は他にもある。コンビを組まされた所轄の女性刑事も大きな原因の一つだ。
今日は一日中振り回された。
相手が男性ならそれほど気を遣わず言いたい放題好き勝手できるのだが、さすがに女性に対して同じようにはできない。
おまけに少しでも厳しい言い方をすると「そんな言い方しなくたって……」と涙ぐむ。
マイペースでやらせてもらうと言ったが、意外と思うようにはならない。
和泉は聡介を恨んだ。
後でさんざん文句を言ってやる。
「いやぁ、もしかしたらそんなこともあるかなって……」
「どういう意味ですか?」
「実は、引き抜きの話が出てたんですよ」
名前をなんと名乗ったか忘れたが、ホストは手で口元を隠し、こそっと言った。
「薬研堀通りに今度、新しくできる店があるんですが……そこのオーナーがね、隼人さんのこと随分、気に入ってて……すごく条件もいいんですって」
ホストはちらりとカウンターの方を見た。
「一杯、飲んでいいですか?」
「自前でならね」
「……」だったらやめた、ということらしい。
「君にも来たの? その、引き抜きの話」
さぁ、と素っ気ない返事から、来ていないということだろうと和泉は判断した。
「新しくできる予定のお店って?」
「そんなの、警察の方で調べればいいでしょう」
「それもそうだね。どうもありがとう」
和泉は立ち上がろうとした。
「このお店って、予算いくらぐらいで遊べるんですか?」
佳織がホストに訊ねる。
内偵の名目でホストクラブ遊びにはまって、その内監察処分にでも遭えばいいんだ。和泉は内心で呟いて店を出た。
ちょうど1階に降りた時、携帯電話が鳴りだした。聡介からだ。
『一旦捜査本部に集合だ』
なんとなく不機嫌そうな声だ。
向こうの若手が何かしでかしたのだろうか?
いや、聡介は他人の失敗で腹を立てるような人間ではない。
和泉達が捜査本部に戻ると、何故か聡介と広島北署刑事課の西野の間に険悪な空気が流れていた。
「どうも、警部と私では方針が異なるようですね」西野が言った。
「そのようだな」
「わかりました。それなら、我々は我々のやり方でやらせていただきます。どちらが先にホシを挙げるか競争ですね」
「……事件捜査は、競争やゲームじゃないんだ!」
「おいみんな、我々所轄の意地を見せてやろうぜ!!」
なんなんだ……?
最後に戻った和泉には、何が起きているのかさっぱりわからない。
「ねぇ、何があったの?」
すぐ隣にいた駿河に声をかけた。
「……簡単に申し上げると、高岡警部と西野警部補の見解の相違と言ったところでしょうか」
「……それで、もしかして本部は本部、所轄は所轄で独自に捜査しようっていう話になったとか?」
和泉は期待を込めて訊ねた。
「そういうことになると思います」
思わず喝采を上げそうになって思い留まる。
「案外、高岡パパって熱血漢なんだねぇ」いつの間にか後ろに立っていた三枝が言った。
「聡さんは誰よりも熱い刑事だよ」
詳しいことは知らないが、とにかくあの女性刑事とのコンビを解消できる。こうなったらもう、たとえあの日下部と組めと言われても文句は言わない。
「おい、お前達」
眉間に皺を寄せて、聡介が部下達の元にやってくる。
「そういう訳だから、俺達は俺達で捜査を進めるぞ! いいな?! 所轄の奴らよりも先にホシを挙げたら、好きなだけ飲みに連れて行ってやる!!」
歓声が上がる。
喜ぶのはまだ早いし、ポイントが違うのではないだろうか。
そう思ったが黙っておくことにする。
捜査会議が始まる。




