飲めなくてごめんなさい
サブタイトルにいつも悩み、悩んだ挙句がこれですみません。
「そういえば班長って、今夜は飲みに連れて行くからついて来い、とか言わないんだ」
捜査1課の刑事は所轄の刑事に比べて待機時間が長い。
そうそう毎日凶悪事件が起きる訳でなし、刑事達はめいめい空いた時間に膨大な書類仕事と格闘したり、昇進試験のための勉強している。
その最中でいきなり石油王子こと三枝が言った。
そう言われてみて聡介はふと、今まで一度だってそんなことを言ったことはないということに気付いた。
何しろ彼はアルコールがほとんど飲めない。
ビールを一口飲んだだけで顔が真っ赤になり、二口目で吐き気を覚える。
甘いカクテルなどを飲むと翌朝になって大変な目に遭うことになる。
自分がそんなだから、もちろん部下を誘って飲みに行こうなんて考えも及ばない。
その代わり甘い物は大好きだ。糖尿病の心配をしなくてはならないほどに。
しかし、県警捜査1課強行犯係に勤務する部下達を連れてスイーツの店に入る勇気はない。だいたい流行りのケーキ店というのはほとんどが女性客ばかりだ。
三枝と和泉や駿河はともかく、友永や日下部はどう見てもスイーツの顔ではない。
「無理だよ、王子」和泉が言った。
王子とは三枝のことである。
真偽は定かでないが彼の実家は裕福な家庭であり、彫りの深いその顔立ちがアラブの大富豪を思わせて、友永が最初に『石油王子』と呼び始めたのがきっかけだ。
「聡さんは飲めないから。おいしいケーキ屋さんなら連れて行ってくれるかもね」
「そっか~、飲めないんじゃ仕方ないよね」
なんだか飲めないのが罪みたいな言い方だ。
「俺はケーキも好きですぜ」
友永が口を挟んだ。
「ケーキ屋なら、若くて綺麗なお姉ちゃんが来るだろ。目の保養になるな」
「あ、確かにそうかも」
友永と三枝は妙に仲がいい。二人に共通するのは『女好き』という、警察官としてはあまり好ましくない特質である。
「じゃあ班長、どうです? 今日あたり仕事が引けたら……」
誰に対しても迷いなくタメ口をきく三枝に対し、友永はそれでも一応、上司である聡介にだけは敬語で話す。
「……連れて行ってやらないこともないが、まずは眼の前の仕事を終わらせろ」
二人の刑事はそれぞれに気乗りのしない返事をしてパソコンに向かった。
まったく……聡介は溜め息をついた。
真面目に仕事をしているのは駿河だけじゃないか?
自分の席から部下達の背後を見て回ると、班の中で最年少であり、唯一まともな刑事である彼は、黙々とこつこつ仕事をこなしている。
所轄の刑事課時代からずっとコンビを組んでおり、実の息子のように思っている和泉について言えば、彼も真面目に仕事をしていた。
和泉の同期でこの春から捜査1課にやってきた日下部は、先ほどから熱心にキーボードを叩いている。
めずらしく仕事に集中しているのかと思えば、そうではなくてネット上で誰かと白熱した遣り取りをしているようだ。
聡介は二度目の溜め息をついた。
「よし、わかった。明日何もなくて、ちゃんと仕事が終わっていたら、お前ら全員飲みにでも何でも連れて行ってやる」
「やったー!」三枝は文字通り飛び跳ねた。
「でも、なんで明日? 今夜じゃなくて」
「今日は予定があるんだ。とりあえず、いいからちゃんと働け」
今日は久しぶりに娘の一人と会う約束をしている。
聡介の長女さくらとは、月に一度は会う取り決めをしているが、急な現場急行の呼び出しがかかって実行できないこともままある。
しかし、今日はこのまま無事に退庁できそうだ。
「予定ってさくらちゃんとですよね?」報告書を提出しにきた和泉が訊ねる。
「そうなんだ」
「わかりやすいですよね、聡さんは。朝から顔が緩みっぱなしですよ」
「何とでも言え」聡介は書類に目を落とした。
「さくらちゃんによろしく伝えてください」
わかった、と返事をしておく。
定時になったので聡介は急いで席を立つ。
こんな時に課長や部長に声をかけられたらたまったものではない。キョロキョロと辺りを見回して、廊下に誰もいないことを確認する。
脱出成功。
娘はもう、待ち合わせ場所に来ているだろう。
話したいことがたくさんあった。向こうもそうに違いない。
もっと時間があれば……いつもそう思う。
この文章を書いている当時に何が流行っていたのかがすぐにわかります、きっと。