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9.〈期待する瞳〉

 部屋に戻ると、白亜が手持ち無沙汰そうにベッドに腰掛けていた。部屋の隅にお湯の入った桶が置かれている。……あ、そうか。僕がいつ戻ってくるか分からないから、お湯を使えなかったのか。


 あれ。そうすると僕は、ふたりきりが気まずくなってトイレに逃げた挙句に天使と喋ってたことになるんじゃ。うわあ、絶対に白亜の機嫌を損ねるぞこれ。でも〈ウォッシュ〉のことは伝えたほうがいいし、どうしよう。


「ただいま、白亜。えーと」

「…………」


 う、なんとも言い難いプレッシャーを感じる。ええい、ここは勢いで誤魔化すしかない!


「と、トイレがくみ取り式で色々と勝手が違うみたいだから、気をつけたほうがいいぞ~」

「くみとりしき?」


 白亜は怪訝な表情で首を傾げた。あれ、伝わらないか。まあ僕も初めて見たけど。


「うん。水洗じゃなくてくみ取り式。でな、トイレットペーパーが藁だった」

「藁!?」


 今度こそ白亜は驚愕に目を見開き、固まった。


「安心してくれ、白亜。僕は天使から、健康で文化的な生活を送る権利を勝ち取ってきたから」

「え、なにそれ。ぜんぜん安心できないんだけど……ていうかトイレで何してたの?」


 う、やはりそこが気になりますか。しかし僕はめげずに白亜に〈ウォッシュ〉のことを教えた。


「ふーん。その魔法があれば、その、健康で文化的? な生活を送れるの?」

「ああ。触れた部分がすっごい綺麗になるから。白亜も試してみてよ。あ、使うときは手の平を上にして、そこに出すといいぞ」

「ううん。まあいっか。……〈ウォッシュ〉!」


 白亜が呪文を唱えると、僕と同じように水塊が手の上に現れた。すると白亜はぱっと表情を輝かせて「魔法だ!」と言った。


 ……え、いや。今までも幾つか魔法、使えたよね?


 どうやら白亜の中で〈ストレージ〉と〈マイ・ステータス〉は魔法じゃなかったらしい。確かにゲームシステム的な魔法だったけどさ。僕もアプリ呼ばわりしてるし。でも〈ストレージ〉とかけっこう楽しんでたように見えたんだけどなあ。


 僕は「それ念じた通りに動くよ」と言いながら、〈ウォッシュ〉を唱えて実演して見せた。さっきまでの不穏な空気は何処へ行ったやら、白亜は上機嫌で水塊を操って遊び始める。水塊の扱いに慣れてきたのか、服の中に潜らせて身体を拭き始めた。服の下でうごめくプルプルした物体が、白亜の身体を舐めるように這っている。というか、これ僕が見てていいの? なんかすっごいエロい光景なんですけど。


 すると僕の(よこしま)な視線に気づいたのか、白亜は慌てて水塊をバシャリと弾けさせて消した。


「…………」

「…………」


 弾けた水滴によりシーツに白い染みが点々と出来上がる。洗濯にも使えそうだな〈ウォッシュ〉。


 しかし室内に流れるこの気まずい空気はどうしよう。異性の目の前で服の下を洗い始めるのは、さすがに良くない。チラリと僕を伺う視線。その黒い瞳の奥に星が瞬いた気がして、僕はゴクリと喉を鳴らした。


 ……ああ、そうか。つまり男を見せろってことか。


 僕は白亜の隣に腰掛けた。ベッドにはスプリングが入っていないらしく、意外な堅さに驚く。綿の入った薄い敷布団だけでは、寝るときに背中が痛くならないだろうか。

 目の前に白亜の顔があった。黒くて大きな目が僕を見ている。あまり日焼けしていない小さな鼻が可愛らしい。薄紅色の唇が小さくほころんで、会話を待っている。


「……白亜。僕は白亜のことが、好きだ」

「うん。知ってる」

「ずっと、大事にするから」

「ん……」


 ()()されるがままに、唇を塞いだ。リードしているのか、されているのか分からない。頭はボンヤリとしながら、身体はハッキリと白亜を求めて動く。


 窓の外から夕日が差し込んでいる。燃えるような赤い部屋の中で、僕は彼女に没頭した。

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