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4.〈エンサイクロペディア〉と〈マイ・ステータス〉

 ウサギの死体を目の前にして、僕らは突っ立っていた。


「カケル。脚、大丈夫?」

「え? ああ……」


 大した切り傷ではなかった。しかし「バイキンが怖い」という白亜の言葉でポーションをひとつ使うことにする。

 なるほど。野生動物の角なんて、きっと不潔だ。破傷風にでもなったらマズイ。


 本当は水で傷を洗ってからの方が良かったのかもしれないが、持っていないものは仕方ない。塗っても飲んでもいいらしいが、今回は塗ることにした。

 僕は〈ストレージ〉からポーションを出し、コルクを開けた。とろみのある緑色の液体。匂いは……なんだろうこれ。フルーティな感じ?


 指ですくって傷に塗る。すると塗った端から傷と痛みが消え、血の跡だけが残った。


「カケル、もう痛くないの?」

「ああ。すごいなこれ」


 傷に対してポーションが多い。半分ほど残ったので、一応飲んでおいた。半端に持っても保存できるか分からないし、傷口を消毒できなかった分もこれで大丈夫になると思いたいからだ。

 味はイマイチだった。マズイわけじゃないが、かといって美味しいとは言いがたい。フルーティな匂いと相まって、なんともいえない口当たり。

 だが飲んだことによる効果なのか、剣を振り回した疲労が幾分か抜けた気がする。栄養ドリンクのような効能もあるのかもしれない。


 空き瓶を〈ストレージ〉に仕舞うと、表示に『空き瓶 ×1個』が追加された。


「結構、手ごわかったな」

「うん……」


 浮かない顔で白亜は頷いた。マズイ、一時間もしない内から異世界生活の厳しい現実を突きつけられてしまった。僕に連れて来られた白亜の気持ちを萎えさせてはダメだ。


 僕は〈エンゼル・ホットライン〉を呼び出す。


『ご利用ありがとうござ――』

『おい天使。いきなり敵が強いんだが、どういうことだ』

『は、はい?』

『どういうことだ、と聞いているんだ』

『えー、はい。……ああ、クリスラビットと戦われたのですね』

『クリスラビット? なんだそれは』


 するとクリスラビットについての情報がポップアップした。


『名称:クリスラビット

 分類:魔獣 強さ:Rank E-

 草原に住むウサギの魔物。頭部に巨大な角がある。

 雑食性で人間を襲うこともあり、特に角で叩かれると大量のHPを喪失するので危険。

 一方でその波打つ刃のような角は、幸運のお守りとして珍重される。そのため駆け出し冒険者にとっては手頃な相手でもある。』


 お金になる部位と解体方法も記載されている。更に〈ストレージ〉の下に本のアイコンが追加された。また追加機能か。


『……この本のアイコンはなんだ?』

『はい。このたび追加させて頂いたのは〈エンサイクロペディア〉という魔法です』

『今度はどんな魔法なんだ』

『こちらは自分で作る百科事典となります』

『自分で作るゥ?』


 なんだそりゃ。面倒なゲームにありがちな、やりこみ要素じゃないか。全部埋めたら特典がある、みたいな。


『作らなきゃダメか? そっちで全部埋めといてくれたりしないのか』

『え? そういうのがニーズとしてあると聞いているのですが……』

『そんなわけあるか。一部の強い要望を全員に押し付けるなよ』

『申し訳ありません、こちらの不見識でした。ですが私どもで出来るのは冒険のお手伝いまででして、全ての道筋を予め示すようなことは致しかねます』

『ふうん?』

『魔物につきましては遭遇した段階で情報を追記します。他の項目につきましても、出来る限りお手を(わずら)わせることのないよう、こちらで努力させて頂きますので、なにとぞよろしくお願いします』


 まあ最初から全てを記されても困るか。どうせ必要にならなきゃ読まないし。必要になった時に項目が埋まっているなら、それはそれで分かり易くもある。


『分かった。〈エンサイクロペディア〉についてはそれでいい』

『ありがとうございます』

『それで。敵が強いのだが』

『はい、ええと。この世界にはお客様が元いた世界とは異なる部分が多くございまして』

『うん』

『例えばHPとMPがあります』

『……はあ?』


 HPとMPってゲームのあれか? そういえばクリスラビットの説明にもHPが減るみたいな表記があったが。


『攻撃によってHPを減らし、これをゼロにすることで負傷させることができるようになります。逆に言いますと、HPがゼロになるまでは怪我をしないということになります』

『ほう。それは便利だな』

『あ、ですが物理的な衝撃は完全に無くならないということにお気をつけ下さい。例えば頭部に衝撃を受けますと脳震盪(のうしんとう)を起こします』


 HPがあるうちは切り傷や内出血などの肉体への損傷を負うことはない。しかし衝撃により脳が揺れるのは防げないし、衝撃により武器を取り落とすようなこともある。

 だが怪我をしないというのは気楽でいい。HPをゼロにしないよう保っておけば、格段に死にづらくなるはずだ。


『それで。HPはどうやって確かめればいい』

『はい。それは〈マイ・ステータス〉という魔法をお使いください』


 僕は「〈マイ・ステータス〉」と唱える。すると視界に僕の情報がポップアップする。ついでに視界の隅に人生ゲームのコマみたいなアイコンが増えた。


『名前:マツダ・カケル

 種族:人間 年齢:15 性別:男

 HP:16/16

 MP:15/15

 筋力:- 器用:- 敏捷:- 知力:- 精神:- 感知:-

 ギフト:〈永遠に変わらない愛(プロミスト・ハート)

 スキル:なし

 魔術:〈エンゼル・ホットライン〉〈ストレージ〉〈エンサイクロペディア〉〈マイ・ステータス〉』


 これが僕のステータス画面か。HP16、MP15というのは多いのかどうか。あれ、HPが全快しているな。ポーションを飲んだからかもしれない。

 あとは筋力や器用など、なんとなく分かるような分からないようなパラメーター。そしてギフト、スキル、魔術の欄だ。確かギフトは贈り物という意味以外に、才能という意味があったはずだ。

 既にギフトがある。僕にどんな才能が……


〈永遠に変わらない愛(プロミスト・ハート)〉:わたし一条(いちじょう)白亜(はくあ)は、松田(まつだ)(かける)を生涯変わることなく愛することを誓います。』


 ……ああ。そうか、そういうことになるのか。


 僕が天使に願ったものだ。そういえば普通は剣の才能や魔法の才能などを願うものだとか言ってたな。

 しかし、この、なんというか。まるで結婚式の誓い文句のような内容だ。思わず顔が熱くなる。


 そして僕はステータスに二ページ目があることに気づき、それを開いた。すると何故か、白亜のステータスが表示される。


『名前:イチジョウ・ハクア

 種族:人間 年齢:15 性別:女

 HP:15/15

 MP:17/17

 筋力:- 器用:- 敏捷:- 知力:- 精神:- 感知:-

 ギフト:なし

 スキル:なし

 魔術:〈ストレージ〉』


『なあ天使、なんか白亜のステータスも見えるんだが』

『はい。お客様のギフトの効果で、白亜さんのステータス確認ができます』

『白亜の方からも僕のステータスが見えるのか?』

『いいえ、それはありません。〈マイ・ステータス〉も〈ストレージ〉と同じくこの世界では一般的な魔法のひとつですが、この魔法で他者のステータスを見ることは基本的にありません』

『ふうん。じゃあ例えば〈ユア・ステータス〉とか――』


 僕が天使に更に質問をぶつけようとしたところで、白亜に顔を覗きこまれた。視界一面に彼女の心配そうな顔が映る。


「カケル? 大丈夫?」

「うお!?」


 思わず〈エンゼル・ホットライン〉を閉じ、僕は仰け反った。


「ねえ。なんか今日、ぼんやりしてるけど。どうしたの?」

「ええっと。その……」


 一瞬、彼女に〈エンゼル・ホットライン〉について話したくない気持ちが芽生えた。なんでそんなことを考えたのか、思ったのかは分からないが。すぐにそれを打ち消して言った。


「天使に連絡をとってたんだよ。ほら、ここに来るときに会ったあの天使」

「天使さんに?」

「そう。〈ストレージ〉の魔法のことや、今は〈マイ・ステータス〉っていう新しい魔法があるって聞いて――」

「なんでそれ、言わなかったの?」


 白亜の瞳の温度が下がる。ブワっと僕の背筋が粟立った。

 いやだって、白亜はこの魔法を使えないし。自分だけ命綱を余分に持っている引け目というか。


「えっと。ごめんなさい」

「…………。カケル、ずっと天使さんとお話してたんだね。美人だったもんね」


 ぬおお!? 違う、違うんだよ白亜!! 確かにあいつは美人だったし巨乳っぽかったけど、羽根あるし輪っかあるし、なんか対応もドン臭いし、全然これっぽっちもそんなんじゃないよ!!


「ち、違うんだ白亜! そんなわけないじゃないか、その……」

「…………」

「白亜の方が、美人だよ!」


 白亜の視線が揺れた。すぐにプイっと顔を背けて、「誤魔化されないんだからね」と釘を刺される。

 僕はこの後、ひたすら誤り倒してなんとか白亜の機嫌をとることに成功した。

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