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エンゼル・ホットライン ~僕のカノジョは恋の奴隷~  作者: イ尹口欠


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31.旅立ち

 旅立ちの日までの数日、フェリシテに「んな馬鹿な」と何度言わせただろう。僕は無事に4つの剣術を編み出すことに成功していたからだが、……白亜は3つのオリジナル魔法を創り上げ、3つの剣術を編み出していた。


 白亜の成果が凄い。


 魔法を使うことに並々ならぬ興味と関心があったのは認めるところだが、それにしても凄まじい。水を得た魚のようにイメージをそのまま具現化している様は、ややマッド気質のサイエンティストか先鋭さが持ち味の芸術家のようだ。突然閃き、いきなり発動するから、こっちは驚かされてばかりだ。


 しかしそのお陰で、〈エンサイクロペディア〉で調べた魔法の一覧がそのままこの世界の魔法の全てでないことに気づけた。具体的には〈時間魔術〉の存在である。


 〈空間魔術〉が〈()()魔術〉でなかったのを見て気付くべきところだったろう。空間を操る魔法だけで、時間に干渉する魔法は全くなかったから、そこでも気づけたかもしれない。


 だがいずれにせよ、〈エンサイクロペディア〉には〈時間魔術〉という表記は一切登場しておらず、また〈空間魔術〉の詳述においても全く触れられないところから、天使がこの存在を隠匿していたのは確かだった。もちろん厳重抗議したが、奴の言い分はこうだ。


『最初に申し上げました通り、お客様が目にするか耳にした事柄について、新しい項目を追加させていただいております』


 つまり僕が見聞きしなければ、追加する義理はないということだ。ただ一言でも口にするか天使に質問した時点で項目が追加されるわけだが、しかしこれで勉強する気が失せたのも事実である。


 ……まあ自由に魔法が編み出せるなら、勉強しないでもいいんだけどさ。


 しかし〈時間魔術〉はレベル2に〈ヘイスト〉、レベル3に〈スロウ〉というあからさまに便利そうな魔法が並んでいる。タイムスリップまではしないが、最終的に〈パスト・ヴィジョン(過去視)〉、〈プレコグニション(未来視)〉、〈パーマネント(不老化)〉と夢の様な魔法が手に入るわけだから、有益なものだ。それを隠していた天使のことは信用できなくなる一方なのだが。


 ……いや最初から信用してないけどさ。


 この辺、信頼関係を築く気のない天使は、どう思っているのだろうか。僕に気持ちよく行動させようという考えはないのだろうか。


 ……ないんだろうなあ。もしくは新人だからそこまで気が回ってないとか。


 どちらにせよ、僕のやることは変わらない。この世界で頑張って、白亜の気持ちを掴むのだ。「頼れる男」とは同時に「稼げる男」でもあるのだから、そのためにも社会的地位は必須だろう。魔物を倒して人類の生存権拡大に寄与すれば、自然と結果はついてくるというわけだ。多分な。


 ちなみに〈時間魔術〉レベル1は〈アワーグラス(砂時計)〉と〈サンダイアル(日時計)〉という使えないものだった。確かに時計もカレンダーもアプリにないが、それにしたって原始的すぎる。もっとも他人と共有できなければ時計もカレンダーも意味がないものだから、使えなくても今まで割りと困らなかったが。


 ともかく僕も白亜も剣術を編み出し、またフェリシテと狩りにも行ったことで、確実に強くなっていた。


     ◇


 商隊が出発する日。商人とその護衛との待ち合わせ場所である街門の前に来ていた。


 夜明け間近の藍色の空が美しい。僕と白亜はこの世界の朝と夜の早さにすっかり慣れていた。なんせ夜明け前に動き出し、日が昇ると同時に働き出すのだ。そして日が傾き始めた頃に仕事を終え、日が暮れる頃には就寝となる。時計があるわけじゃないから正確な時刻は分からないが、感覚的には午前4時に起きて午後6時に寝るという自然に寄り添った生活リズムだ。最初はその生活の時差に戸惑った。


 だけど、慣れるとこれが調子いい。睡眠時間は10時間きっちりあるわけで、太陽の出ている間に活動するというのも健康的だ。思えば僕のおばあちゃんもやたら朝が早く夜も早かった。年老いるとそういう風になると聞くが、学校も仕事もないならそれが自然なことなのかもしれない。


 僕と白亜、そしてフェリシテは同行する商人に挨拶した。


「おはようございます。今日からよろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくね。狩人のフェリシテ、カケル、ハクアだったね。メイユシュテットまでは街道を行くだけだから、楽な道のりだよ」


 人の良い笑顔を浮かべる商人のサミュエルさんは、30歳くらいの人間族(ヒューマン)の男性だ。二台の荷馬車に荷物を満載して、出発の準備は万端のようだった。


 そのサミュエルさんの元で勉強する見習い商人がふたり、荷運びの人足として奴隷がひとり、武装した護衛が三人、そして僕ら三人が今回の旅の一行である。


 初めて見る奴隷だが、若い男性で身なりはそう悪くなかった。荷物を運ぶ仕事に専従しているというだけで、終身雇用の従業員という扱いのようだ。この世界の奴隷観がまだ分からないから何とも言えないが、少なくともサミュエルさんは奴隷を虐待するような商人ではないようだ。


「腕が良いと聞いているから、道中では頼りにさせてもらうよ。遭遇した魔物を狩ったら、買い取るからね」

「魔物が出るんですか。確か街道は聖域ですよね?」

「聖域だよ。基本的に魔物は近寄らないけど、絶対じゃない。実際、何度か遭遇したこともあるしね。恐らく聖域の更新が遅れて狭まっているんだろう」


 僕は眉をひそめた。どうやら僕が思っている以上に、人類は聖域を維持できていないらしい。


「さて、そっちの準備は大丈夫かな。構わないなら出発したいんだが」

「あ、はい。大丈夫です。……大丈夫だよな?」


 大きな背嚢(リュックサック)を背負っているフェリシテを見ると、「問題ないぞ」と頷きを返された。白亜も笑顔で首肯する。なお僕と白亜の荷物は旅支度の買い物を済ませてなお〈ストレージ〉の中に全て収まっているので、軽装だ。


 軽装と言っても僕と白亜はようやく鎧を買ったので、外見は以前より戦士らしくなっていた。重ねた革を(びょう)で補強したレザーアーマーだ。主に胴体前面を守るもので、動きを阻害しないことを重視して選んだ。重い鎧は僕らの〈剣技〉の動きに合わないのだ。そして鎧を購入するときに思ったのは、


 ……白亜はそんなに大きくないと思ってたけど、やっぱ鎧をつけるのには邪魔なんだなあ。


 鎧にも男性用・女性用があったのだ。そりゃそうか、と同時に納得もしたが。


 鎧で覆う部分が少ないため、防御力の面では万全とは言い難い。しかしそこは僕らの身のこなしでカバーできると思っている。〈剣技〉は剣を振るだけではなく、身のこなしにも役立つのだ。


 前を行く荷馬車の御者台、奴隷の隣にサミュエルさんが乗る。見習いのふたりは既に後ろの荷馬車の御者台にいた。護衛と僕らは徒歩だ。


 ……7日も歩くのか。大丈夫かな。


 この世界に来てからは身体を動かしてばかりいたから、割りと体力はある気がする。しかしそれでも歩きづめになることはなかったから、今から少し不安だった。


     ◇


「魔物だッ!!」


 ラッヘラカンプの街を立ってから二時間ほど街道を歩き、先頭を行く護衛が鋭い声を上げた。


 最後尾を歩く僕らは、二台の荷馬車のそれぞれにうず高く積み上がった荷のおかげで先頭の様子が分からない。


「何が出たんだろ?」

「うむ。どうやら巨大アリが出たようだな」


 白亜が首を傾げて疑問すると、一瞬で街道の脇にある草むらに走ったフェリシテが状況を教えてくれた。身軽だな、さすがシーフ系。


 さて……この場合、どうするのが正解なんだ?


「手伝った方がいいのか、フェリシテ?」

「そうだな――いや、様子を見てからにしよう。荷馬車と商人たちを守る方が優先度が高い。魔物は護衛の人達に任せよう」


 フェリシテが周囲に視線を巡らせながら言った。


 ……なるほど。護衛の人達もプロだしな。僕らが出るまでもないか。


 元々フェリシテは旅に同行するためにお金を払っている。腕の良い狩人だから道中、足を引っ張ることはないものの、護衛として雇われているわけではない。弱いからという意味ではなく、単純に見た目の若さで侮られるので護衛に向かないというだけだが、それは護衛を務めるならば重要な要素なのだそうだ。


 特に護衛とは魔物だけを相手にするわけではない。つまり山賊などのならず者がこちらを品定めする時に「こいつヤバイかも」と思わせられるかどうかで、危険度は大きく変わるから、外見は重要だ。山賊も人の子、危険な相手だと見積もったら仕掛けてこないのである。


 実際、この商隊の護衛三人は(いか)つかった。


 髭面に片手持ちの戦斧を背負った戦士、禿頭に長槍を背負った戦士、肥満体型で2本の曲刀を腰に差した戦士、と暑苦しい男ばかり三人だ。ちょっと濃い。


 三人とも手弓を持っているので、遠距離にも対応できそうだ。魔法使いがいるようには見えないが、そこは外見では分からない。


 馬車の脇からなんとか先頭の様子を伺うと、「はあ!」とか「せえい!」とか「ふんぬう!」とか威勢のいい声が聞こえてくる。苦戦している様子はなく、順調に魔物を(ほふ)っているようだ。


 だが派手にやりあっている声を聞きつけてか、こちらに向かってくる新手が現れた。


「ハクア、カケル! 魔物が来るぞ!」

「見えてる!」


 僕と白亜は剣を抜いた。なんとなくこうなる予感はあったのだ。なんせ、


 ――〈エリア・マップ〉で見ると、街道は虫食いのように赤くなっている。聖域は維持できていない。むしろ魔境に侵されつつあった。

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