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3.初めての戦闘

 会話がない。


 話題がないとも言う。ふたりきりで歩くのは久しぶりなのだ。異世界の風景だが、生えている草も、名前を知らない小さな花も、特に不思議要素があるわけでもなく。学校でも最近は接点が少なかったし、嫌でも昨日の告白のことを思い出して僕はフリーズしてしまうし。白亜は白亜で照れたりしてて可愛いが、落ち着かない様子で遠くを見たりしているし。


 そんなわけで絶賛、無言で草原を歩き続けているのであった。


 だがこの気まずい空気すら甘ったるくて、くすぐったい。付き合いたてのカップルの、どんな距離で接していいのか(はか)りかねている()()空気だ。告る前は何度かシミュレーションしては悶えていた。告った後もシミュレーションしては悶え苦しんでいたが。


 脳がしびれるような感覚にまかせてこのまま街まで行きたいが、果たしてそれでいいのか。僕の脳裏にふと怖い考えがよぎる。『告白にオッケーした白亜』は、もし僕に幻滅するようなことがあったら愛想を尽かしてしまうのではないか、と。


 ……いやでも。こんなに僕のことを意識してくれている白亜が?


 チラリと彼女の横顔を盗み見る。上気した頬。足取りは軽く、髪が揺れている。放っとけば鼻唄でも歌い出しそうだ。なんだ完全に恋する乙女モードじゃないか。


 ほっと胸をなでおろし、しかし気を引き締め直す。百年の恋も冷める、という言葉もあるくらいだ。告白にはオッケーしてもらえたことにして付き合うことになったが、そこからの進展は僕のがんばり次第のはずだ。


 ……進展。進展かあ、どんな進展があるだろう。


 抱擁(ハグ)はもうした。すると次はなんだ。やっぱアレか? 接吻(キス)――


「カケル、あれ見て!」


 彼方に飛んでいた僕の思考は、白亜の鋭い声に引き戻された。

 見れば頭部に巨大な角の生えた白いウサギが、草陰(くさかげ)からこちらを伺っている。僕のヒザ下もないくらいの大きさで、サイズは普通のウサギだ。しかし波打つ刃物のような平たく尖った角は、30cmほどもあり鈍い光沢をもっていた。


「カケル、あれが魔物なのかな?」

「分からん。ちょっと待って――うわ!?」


 僕が〈エンゼル・ホットライン〉で天使に聞いてみようと視線を外した隙をつき、ウサギは首を振るいながら突進してきた。低い位置で弧を描いた角が、短剣のごとく僕の太ももを斬りつける。


 斬られた!!


 苦痛を覚悟した僕に、ガツリ、と予想に反して鈍い衝撃が太ももを叩いた。同時に白い光が散る。刃物のように見えたが、見た目ほど切れ味はないのか。光ったのはなんだ?

 頭部の角を振るったせいか、ウサギはバランスを崩して二、三歩ほどよろけた。だがすぐに持ち直し、僕の側面から背後に回ろうと跳ぶ。速い。


「――くっ、待てこの!」

「か、カケル!」


 泡を食ったのは僕だけじゃない。白亜が剣を抜いておっかなびっくりウサギに突き出すが、距離が遠い。剣先は全く届かず、ウサギは僕のふくらはぎを角で叩いた。

 またもや白い光が弾けた。鈍い衝撃と、今度は鋭い痛み。斬りつけられた部分に血がにじむ。


 マズイ。こいつの角、やっぱり刃物みたいだ。


 剣を抜き、一旦距離を取るためにウサギのいた辺りを薙ぎ払う。カツ、と角と剣がぶつかり、小さな火花が散った。ウサギは僕の剣を嫌がったのか、大きく円を描くように僕らから離れた位置に跳ぶ。

 だがウサギに諦めた様子はない。低く唸りながら、角をゆらゆらと揺らして僕らの隙を伺っている。


「白亜、ふたりで剣を向けて、距離を取りながら戦おう」

「う、うん」


 小さいといえども相手は獣。動きは素早く鋭利な角を持っているともなれば、接近戦は不利だ。戦いに不慣れな僕らは、尚更に。

 素人考えだが、剣の間合いも分からないのだから仕方ない。それでも、ふたりでかかればなんとか戦えるような気がした。


 ウサギが今度は白亜を目掛けて跳んだ。角が(くう)(えぐ)る。


 やめろ、白亜に怪我なんてさせられるかッ!!


 僕が夢中で突き出した鉄剣が、ウサギの腹に突き立つ。だが剣先は白い光に弾かれ、刺さらなかった。それでもウサギは体勢を崩して転がったので、その角は白亜にまで届かずに済む。

 草の上を転がったウサギは身軽に跳ね起きるが、その隙を白亜の振るった剣が叩く。やはり白い光が散るばかりで、当たったはずの垂れ気味の耳は無傷だった。


 なんだこの光は。


 僕らの攻撃が通じていないのだとしたら、この妙な光のせいだ。でも剣が当たったら、その衝撃で相手はちゃんとよろける。まったく効いていないとも思えない。

 まるでゲームのダメージエフェクト。だとしたら……


「効いてる。このまま斬り続ければ、倒せるはずだ!!」

「ほんと!?」


 ふくらはぎのヒリヒリする痛みで怖気づきそうになる弱気に、蓋をする。だがこの痛みこそが活路。最初に太ももに受けたのが切り傷ではなく衝撃だけだったのが、勝機の理由。

 恐らく僕もこいつも、この白い光に守られていたのだ。だが僕は二度直撃を受けて、その守りが消えた。だからふくらはぎに傷を負った。

 ならばこのウサギにも何度か剣で斬りつければ、いずれ傷がつくはずだ。そうすれば、多分。


 ……そう多分。確証はなし。


 でも迷っている暇はない。ウサギは尚も僕らに襲いかかってくる。向こうの方が速いのだから、走って逃げても追い付かれる。

 だから戦え、剣を振るってぶち当てろ!!


「おおおッ!」


 斬りつけた剣がウサギの腹を叩く。白い光が割れ砕け、これまでとは違った手応えが返ってきた。弾力のある生きた肉を切り裂く手応え。ウサギの白の毛皮に赤が混じる。

 効いた。初めての有効打。

 自分の出血は、獣の本能にとっても忌避すべきものらしい。ウサギは初めて僕らに向かうのを躊躇(ためら)い、しかし角を振りかざして突進の構え。跳んだ。


 今度は白亜の剣が振るわれる。横合いから角にぶつけ、火花を散らせながらウサギを地面に叩き返す。

 さんざん頭に衝撃を食らったウサギは、着地した地面でふらつきながら、たたらを踏んだ。そこへ僕が剣を振り下ろす。


 短めの鉄剣の重みが、重力に従ってウサギに突き刺さった。


 血が流れる。地面に広がる赤色に目を背けたくなるのを(こら)えて、僕は剣をウサギの腹にねじ込む。

 死ね、早く死んでくれ。

 何度も跳ね上がろうとするウサギを剣で押さえつけながら、祈る。早く死んでくれ。


 やがて力なくウサギが項垂(うなだ)れ、動かなくなった。


 命をひとつ、奪った感覚。


 僕は肩で息をしながら、恐る恐る歩み寄る白亜の足音に耳を澄ませる。彼女がいる。ここにいる。


 ……だからまだ、弱いところは見せられない。


 動物を殺した経験より、彼女に失望されることを恐れて、僕は顔を上げた。

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