29.催眠と洗脳と奴隷と従魔
基本魔法を試し終えた後に家の中へ入り、僕たちはテーブルを囲んだ。銅製のコップには木の葉を煮て作ったお茶が注がれている。味と匂いは緑茶に似ていて美味しい。
ちなみにフェリシテは容量に余裕が無いからしていないが、旅人ならば普通は食器を〈ストレージ〉に入れているものらしい。自分用の食器を持っていなかった僕らは、フェリシテから不思議なものを見るような目で見られてしまった。僕と白亜は視線を逸らすしかなかった。
……旅の支度のときに食器も買おう。
むしろラッヘラカンプまで旅をしてきたと言っているのに、食器すら用意していないとはどういうことなのか。だんだんと言い訳を考えるのも苦しくなってきているが、そこは幸いにしてあまり突っ込まれなかった。フェリシテは「どうせまた隠し事だな」と察してくれている。つまり全く誤魔化せていないということだな。先が思いやられる。
食器の話を続けるとボロが出そうなので、話題を変えることにした。
「ええと……フェリシテは風と闇の魔法が使えるようになったな。これで色々と捗るだろ」
フェリシテが「何が捗るんだ?」と首を傾げ、露骨な話題の転換に眉をひそめた。白亜も苦笑している。とはいえ魔法の話題は旬だ。しぶしぶと言った感じでフェリシテは乗ってきた。
「まあ色々と捗るか。闇属性は毒の魔法もあるしな。……しかしハクアとカケルは、本当に優秀だな」
釈然としない様子のままフェリシテは言った。自身もふたつの魔法を使えるようになったとあって口元が緩んでいるから、気分を害しているのではないようだが。とはいえ僕と白亜の魔法の増え方は常識外らしい。
白亜が水に加えて火・炎・氷の3つ、僕が全魔法を使えるようになったのだ。僕らの感覚でもよく増えたと思う。
なかでも僕が適性のあった属性はクセが強い。
光と闇の属性はそれぞれの名の通り灯りを作ったり影を操ったりするのだが、〈エンサイクロペディア〉を見るとどうもそれ以外の要素が強いように見える。すなわち精神に影響を与える効果が目につくのだ。
光は激しい感情をなだめる〈コンシレイト〉がレベル2にあり、レベル9には〈リコール〉という記憶を思い出す魔法がある。「思い出す」というと誰でも当たり前にできることのように思えるが、しかし一度でも見聞きしたあらゆる事柄を思い出させるという魔法だから、レベル9だけのことはある。これがあれば暗記科目で満点が取れるに違いない。
対して闇には〈インフレイム〉という感情を煽る魔法がレベル2にあり、レベル9には〈フォーゲット〉という指定した物事を忘れさせる魔法がある。闇のイメージ通り、悪用されると怖い類の魔法だ。
どちらも正反対の内容だが、いずれも精神に干渉するという効果を持つ魔法が並んでいる。そしてもうひとつ適性のあった〈契約魔術〉も、どうも精神に干渉する魔法が多いようなのだ。
……つまり僕の適性は、精神操作ってことなんだろうな。
〈契約魔術〉はその名の通り契約を結ぶ魔法で、簡単に言えば人間に対して使えば奴隷契約を、人間以外に対して使えば従魔契約を結ぶというものだ。とはいえレベル1の〈コントラクト〉では対象が人間ならば所有契約を交わすというだけで、別に無理やり言うことを聞かせるような魔法ではない。
しかし〈契約魔術〉のレベルが上げると、単発の命令を実行させる〈コマンド〉、指定した目標を達成するための行動を強いる〈クエスト〉、禁止事項を設けて違反した場合に罰則を与える〈ギアス〉など、徐々に悪辣な魔法が増えていく。
極めつけがレベル10の〈インスレイブ〉で、これは相手を完全に隷属させるという恐ろしいものだ。
ただし相手との同意がなければ〈契約魔術〉の多くは効果を発揮しないらしいので、そこは安心すべきところなのだが……
――僕の光と闇の属性を見ると、とてもそうは思えないんだよなあ。
闇の魔法で意識レベルを下げて、光の魔法で契約の同意を促すようなことが、できてしまうのではないだろうか。それはつまり催眠であり、〈契約魔術〉を絡めれば洗脳になりうる。
自分がそれを出来ることも怖いが、別にひとりでなくても何人かで協力すれば同じことをこの世界の住人が出来てしまうのが怖い。それが僕や白亜に向けられたら、脅威だ。
……契約を問答無用で破棄させる魔法は、レベル8か。
レベル2の魔法が未だに使えないことを考えると、長い道のりになるのは想像に難くない。それまで僕と白亜にそのような脅威が降りかからなければいいのだが。
……人間に向けなければ、有用そうなんだけどな。
〈コントラクト〉の従魔契約は、魔物を味方に引き入れる魔法だ。これは魔物の人類への捕食本能を抑制し、術者の意図が従魔に伝わりやすくなるというものらしい。
なにより便利なのが食事に関してで、術者の最大MPが減少する代わりに従魔は食事不要となるらしい。デメリットは魔物が強ければ強いほど必要となるMPが増加するというものだが、全属性の魔法スキルを習得して最大MPが大きく増える予定の僕にはむしろ相性がいいはずだ。普通の人が従えられない強力な魔物と契約できるに違いない。
また〈契約魔術〉について〈エンサイクロペディア〉で調べて知ったのだが、魔物にはステータスがないらしい。〈コントラクト〉で従魔契約を交わした魔物には「ステータスが生成される」という効果が記されていて初めて気づいた。
魔物にはステータスがないが、人類にはステータスがある。これもまた世界の管理者が創ったエンターテイメント性の一環なのではないだろうか。ただ腑に落ちないのは、ステータスという優位が人類側にあるにも関わらず、魔物に押されている現状だ。
……単純に魔物が人間より強いのか? 仲間にしてみたら、その辺も少しは分かるかな。
「なあフェリシテ。〈契約魔術〉は魔物を従わせられるけど、そういうことをする人っているのか?」
「うむ。この街にはいないが、大きな街には魔物使いがいるらしいぞ。精霊やドラゴンと契約するような話もあるが、それはお伽話の類だな」
「ふうん。じゃあ僕が魔物と従魔契約しても、街の人から石を投げられたりはしないのか?」
「いや、なくはない」
「え、それはイヤだなあ……」
「従えるのならカッコイイかカワイイかしないと駄目らしいぞ。この辺りにいる魔物だと、やはり動物系になるが……街に入れようとすれば一悶着ありそうだな」
あんまり邪悪そうなのを従えていると、人間性が問われるようだ。
「冒険者登録をすれば、従魔も正当な戦力として認められるはずだぞ」
「ああ、そういう特典もあるのか」
やはり冒険者になるのはメリットが多そうだ。少なくとも奴隷商人になるつもりは一切ない。
「ねえねえカケル。魔物をペットにできるなら、カワイイのがいい!」
「白亜はそれでいいかもしれないが、僕は強い奴がいい。可愛くて強いのがいたら、即決なんだけど」
白亜はフェリシテの尻尾を撫でながら、「ウサギは角が尖ってて可愛くないから、コーギーはどうかな? 尻尾が大きいだけで、普通の犬だよね?」と新しくもふもふできる仲間を所望した。
「いやハクア。あれはこの街では知られた魔物だ。メイユシュテットではどうか分からないが、契約しても街に入れられないかもしれないぞ」
「そっかあ。じゃあメイユシュテットに行く途中で出会ったら、契約してよカケル」
「ええ……。あいつ弱いのに……」
最低ランクの魔物から始めるべきかもしれないが、コーギーはちょっと将来性が見えない。犬の特徴って鼻が効くことだと思うが、嗅覚に関してはフェリシテという信頼できる仲間が既にいるのだ。別にフェリシテを犬扱いするわけじゃないが、狼と犬ってやっぱキャラ被るし。せめて猫系なら悪くないんだけど。
……もふもふしたいだけなら、当分はフェリシテで満足してもらいたいな。




