表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンゼル・ホットライン ~僕のカノジョは恋の奴隷~  作者: イ尹口欠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/37

27.パーティ情報共有

 狩猟組合で一部を残し猪を売却し、宿には今日からフェリシテの元に世話になると言って出てきた。もともと宿代は一泊ずつ支払っていたためわざわざ言いに行く必要はないのだが、僕らが街の外に狩りに行って帰ってこないともなれば宿の人が心配するかもしれない。そう考えれば一言断るくらいはした方がいいだろう。


 フェリシテの家は小さいながらも一人で暮らすには立派な一軒家だった。街の通りからは離れるが、とはいえ広い街ではないので苦になるほど遠くもない。こんな良い家があるなら、わざわざ街を出て行くのは勿体無いくらいだ。


 水を汲みに出ようとしたフェリシテに〈クリエイト・ウォーター〉を見せると、カッと目を見開き「なんと便利な!」と指をさして叫ばれた。相変わらず魔法に対してオーバーなリアクションだな。水汲み労働から解放された狼少女に、家について聞いてみることにした。


「フェリシテ、この家はどうするんだ。冒険者になったら戻って来て、この街を拠点にするのか?」

「いや、この家は手放すぞ。いつ帰って来れるか分からないし、この街には仕事が無さそうだしな」


 それだけ旅は危険だということか。いやそれより、仕事が無いってことはないだろ。確かに冒険者ギルドは出張所しか無いが。


「この街の周囲にだって魔境は一杯あるじゃないか。森の件は危険そうだけど、魔境があるならどこでも仕事ができるんじゃいのか?」

「うん? それは違うぞカケル。確かに冒険者は普段、魔物の退治をして暮らすものだ。狩人とそう変わらない生活をしているが、魔境があればいいというわけじゃない」

「魔境に入るのが仕事じゃないのか?」

「もちろん魔境には入る。迷宮があれば潜るし、魔境の支配者がいれば倒す。だが聖域をつくれる結界魔術師がいなければ、いくら魔境を解放しても報酬が出ないのだ」


 街の付近にある魔境を聖域に塗り替えるためには、〈結界魔術〉を使える結界魔術師が必要となる。領主が結界魔術師を用意したうえで、魔境の支配者を討伐する依頼を出すのだ。


 依頼もないのに魔境を解放すればどうなるか。街の周辺が魔境でなくなれば魔物の発生が減るから、街は安全になり住民は感謝するだろう。悪いことはない。


 しかし依頼が出ていない魔境を攻略するのは、現状では収入の見込めない慈善行為だ。肉や換金素材が皆無ということはないだろうから無収入ではないだろうが、命がけの危険に見合うかどうかは微妙である。


 ……それって結構、マズくないか?


 冒険者が依頼もなしに魔境を開放するのは、ハイリスク・ローリターンなのだ。それでは進んで魔境をどうにかしようなどと思う奴は少数派だろう。そりゃ人類の生存圏も減ろうというものだ。


 なぜそのような意欲の湧かない仕組みになっているかと言えば、金が用意できないからということになる。魔境の解放には命がけの冒険が必要であるから、どうしても見合うだけの報酬を用意しなければならないのだ。しかも魔境の実際の危険度は入ってみなければ分からないもので、調査なしで一律に決められるものではない。倒した支配者の一部を持ち帰ればその危険度は推し量れるが、それを基準にして常に街やギルドが大金を用意しておくというのは無理がある。


 ……冒険者は危険を(おか)すのが仕事だけど、だからと言って命をドブに捨てたいわけじゃないだろうしな。


 このような状況を打破するには、ふたつの方策がある。ひとつはケチケチせずに金を払うこと。もうひとつは魔境解放の難易度を下げることだ。命がけの冒険ではなく、作業として魔境を解放できるくらいまで人類が強くなればいい。


 どちらにせよ、確かに状況は英雄を求めている。大金を稼ぎ出すか、簡単に魔物を倒せるか。いずれかのブレイクスルーがなければ人類は行き詰まるだろう。


 ……やっぱ人類全体を強くする方針か。その前に、自分が強くならなきゃ話にならないんだよなあ。


 剣術というヒントは得た。こういう役に立つ知識を天使は与えてくれない。きっと他にも色々とありそうだが、いかんせん奴の「聞かれたら答える」というスタンスを崩せる気がしない。多分、天地がひっくり返っても天使は一貫した態度で臨むはずだ。


 ……勉強か。苦手なんだよなあ。


 一応〈エンサイクロペディア〉という知識チートが手元にあるのだが、活字は苦手だ。教科書みたいな堅苦しい文章が、場合によってはかなり大量に並んでいるのだ。大抵は冒頭の一段落に要約されているのだが、どうも中身に踏み入らねば手に入らないものが多い気がする。


 歴史はともかく、スキルの内容解説を辿れば他のスキルに言及したりもしているのだ。


 勉強嫌だ、勉強嫌だ、と思っていると、白亜が半眼でこちらを見ていた。


「ん? どうした白亜」

「いやなんか、カケルが難しい顔しているから……どうしたの?」

「ああ。実は今後のために〈エンサイクロペディア〉を読まなきゃいけないなと思ってたんだけど」

「え。まだ読んでないの?」


 まだ、とか言われてしまった。


「だって。僕はゲームの説明書は読まないタイプなんだぞ」

「あー。カケルはそれっぽいね」

「白亜はどうだ。ゲームするのに説明書とかちゃんと読むか?」

「えー。読まないよ。なんか最初に『こういうときはこのボタン押す』みたいなの、あるじゃない」

「チュートリアルな」

「……だっけ? それがあるから、読まなくていいじゃない」


 天使の手厚いサポートとやらは、チュートリアルほど充実はしていない。とはいえ新しい事柄があるたびに逐一〈エンゼル・ホットライン〉が起動したらウザいことこの上ないだろう。


 僕が「勉強が嫌だ」と愚痴っていると、お茶を入れてきたフェリシテが戻って来て言った。


「なんの話をしているか分からないが、パーティを組む以上、お互いのスキルなどについては共有した方がいいと聞く。……その辺、どうする?」


 ……そうなんだよな。それもあるんだよな。


 全く共有しないわけにもいかない。むしろ互いに出来る事は教えておかないと、いざという時に危ないくらいだ。フェリシテのことはまだ会って間もないが、基本的に素直で分かり易く裏はなさそうである。むしろフェリシテを信用できないなら、この世界で信用できる相手は存在しないのではないだろうか。


「フェリシテちゃんなら、大丈夫だよ~」

「根拠はないけど……まあフェリシテなら大丈夫だな」

「な、なんだ? やはりふたりは何か秘密があるのか?」


 鼻をすんすんさせてから、「やはり臭わんな……」と呟くフェリシテ。よく分からないが、僕らの態度に不審な点でもあったのだろうか。


 ……ないとは言い切れないよなあ。現時点で隠し事が多いわけだし。


「とりあえず、スキルは共有しようか」

「スキルは、か。ふたりはギフトがあるのだな?」


 さすがに気がつくか。この世界のギフトが一般的にどのようなものかは分からないが、僕の「白亜関連」はともかく、白亜の「かつて英雄がうんぬん」と天使が言っていたチートギフトは普通じゃないだろう。


 ……でも白亜の〈期待する瞳〉(ウィッシュ・スター)は、きっとフェリシテに効果を発揮し始めるだろうし。そうなったらハイペースでスキル増えるわけで。それこそ不審に思われるよなあ。


「まあ、ギフトも言っていいか。正直、隠せるものじゃないし」

「無理に共有する必要はないが、教えてくれるならその方が嬉しいぞ。なんかカケルは嘘や誤魔化しが多い気がするし」

「え、そうなの?」


 驚く僕に、白亜が「あーカケルはそういうところあるよねー」とか言い出し始める。なんか旗色が悪くなりそうな空気なので、話を進めることにした。


「ともかく、僕らのギフトとスキルだな。共有しとこう。これから命を預け合う仲間だし」

「命を預け合う、仲間か! 冒険者だな!」


 白亜が「命を預け合う仲間って……なんか恥ずかしいネーミングだね」と生暖かい目でこちらを見るが、はいそこ茶化さないで! 言ってから自分でもちょっと後悔したよ!


     ◇


 フェリシテがぽかんと口を開けて、天井を見ながら言った。


「MPが20点以上もあるなんて……」


 え。驚くところ、そこなの?


 いやむしろ君のステータスにも驚きだよ。【感知】が10点もあるからてっきり極振りしてるのかと思ったら、【筋力】【器用】【敏捷】にもちょっと振ってるし。HPもやたら高いし。


 ……でもMP2かあ。そりゃ魔法は使えないよなあ。


 天使が魔法に関しては平均以上の才能がある、と評した僕と白亜の初期MPが15~17点であったことを考えると、MP2というのはいかにも厳しい。


 なによりMPが少ないと〈ストレージ〉の容量が少ないのが問題だ。これに個人的な日用品を入れるのがこの世界流であることを考えると、不便な生活を送らざるをえないのだ。


 特に容量を食うのはお金だろう。硬貨も大量になれば(かさ)張る。下手に金庫など用意しようものなら、大きさによっては金庫ごと〈ストレージ〉に入れられて盗まれるのだ。かと言って個人で大型の金庫を用意するのは費用が嵩む。銀行口座のようなものもあるにはあるのだが、預けるのにお金がかかるらしく少額だとやはり割に合わないものらしい。


「ちなみにフェリシテ、〈ストレージ〉は財布以外に、どんな風に使ってるんだ」

「うん? 大したものは入っていないが……」


 フェリシテは〈ストレージ〉を唱えてテーブルの上に中の物を並べていく。小瓶、矢が5本、茶色い紙が沢山。


「この瓶と紙はなんだ?」

「瓶は手製の毒が入っている。紙は懐紙……いわゆる便所紙だな」


 あれ。トイレットペーパー、ちゃんとあったのか。ザラザラしていて質が悪そうで、字を書くのには使えなさそうな紙だ。しかしだからと言ってティッシュやトイレットペーパーに向いているわけでもない。どうせ使い捨てだから、質は関係ないんだろうけど。ないよりマシだから、明日にでも買っておこうかな。


 フェリシテが「え、これを知らないってことは今まで一体なにで……」と顔面を蒼白にしてるが、いや〈ウォッシュ〉あるからね?


 そう指摘すると、フェリシテは不思議なものを見るような目で僕らを見た。


「もしかして、ハクアとカケルは高貴な家柄の出か」

「ん? どうしてそうなる」

「だって、子供のころから〈ウォッシュ〉だったんだろう? なら親が魔術師か、そうでなければ魔術を使える使用人がいたということだろう?」


 そうなるのか。当然、僕らはこの世界で赤ん坊から育ったわけじゃないし、そこまでは話していない。〈神聖魔術〉の神様も平穏を司るウェム・ラギハという名前を出しておいた。


 フェリシテは「どうだこの推理」と言わんばかりのドヤ顔をしており、白亜も「フェリシテちゃん、アタマいいー」とか持ち上げてる。この誤解、解くべきか解かざるべきか。


 いや解こう。〈ウォッシュ〉を使える掃除屋の稼ぎは一日あたり銀貨1枚だと聞いたばかりだ。そのような財力のあった家だと思われると、ボロが出そうで怖い。


「なるほど、なかなかの名推理だったなフェリシテ。だが残念ながら、不正解だ」

「うん?」

「僕らの住んでいたとこでは、トイレットペーパーというちょっと違う形の紙を使っていたんだ。旅立つ頃には僕も白亜も〈ウォッシュ〉が使えたから、いらなかっただけだ」

「ふうん……」


 凄いつまん無さそうな顔をしたフェリシテに目を逸らされた。あ、ちょっと悪いことしたか? 白亜もちょっと困り顔だ。


「その、といれとペーパーとはどんなものだったのだ?」

「え、ああ。こうぐるぐるした奴だった」

「ぐるぐる……?」


 白亜も「そうそう。ぐるぐるだったよー」と誤魔化すのに加わった。なんだろう、誤解を解くのも解かないのも苦難の道だなこれ。


「なんというか……カケルは本当に嘘や誤魔化しが多いな……」


 しみじみとした表情で言われた。そのフェリシテの様子に、なぜかツボにハマった白亜が噴き出した。


「だよね、カケルは悪い奴だよ!」

「ええー……」


 白亜、君はどっちの味方なんだい。……あ、ドサクサに紛れてフェリシテの耳を触りに行った。もふる? あ、もふりましたか。マジですか。いいなあ、どんな感じだよ。僕も触らせろよ。


 白亜の為すがままにされているフェリシテが、半眼で言った。


「さきほども言った通り、私の鼻は悪意を嗅ぎ分ける。これは別に嘘や誤魔化しが判るようになるわけではないが……」

「が?」

「高まった【感知】による、女の勘は騙せんぞ」


 ……出たよ、女の勘! え、なにそれ。【感知】って女の勘も鋭くなるの?


 そういえば第六感が鋭くなるとか説明されたはずだ。嘘をつくときには視線が動いたりもすると聞くから、そういうちょっとした変化を感知するのだろう。というか女って歳じゃないだろフェリシテは。


「まあ。ハクアとカケルにはまだまだ秘密がありそうだしな。別に全部、知ったとは思っていない」

「まあな」


 ちなみに僕のギフトについては、「白亜と運命的な繋がりがある」という効果で説明しておいた。実際、ギフトとしては白亜のステータスが見えるくらいの効果しかないのだから、別に構わないだろう。大きく間違っていないしな。


 そして〈性技〉については全く触れずに済ませた。これについては白亜にもバレるわけにはいかないのだ。


 ……いや、そろそろオカシイと思われてるかもしれないけど。


 このスキルを使う機会がしばらくは無さそうで、残念でならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ