26.パーティ結成
森が完全に魔境となっているのは〈エリア・マップ〉により確かだが、魔物が人間に露見しないよう戦力を蓄えているというのはフェリシテの推測に過ぎない。
だが森で毎日狩りをしているフェリシテが言うのだから、この街の人間は信じるだろう。問題は僕がどうやって魔境かどうかを判別したかということになる。
わざわざフェリシテに教えたのは迂闊だっただろうか。しかしこうして危険の予兆を察知できたので、結果的には良かったのだと思いたい。
「それで。森に入ってすぐのところから魔境になっている、というのは本当ですか?」
街の外の変事は、門の兵士に通報しなければならない。急かすフェリシテをなだめながら森を出て、門にいる兵士に事情を説明し、案の定そこで当然の疑問を突きつけられた。
白亜は「どうしようか?」と僕を伺うが、どうもこうもない。天使に周辺地図を確認できる魔法を授けられました、などとは口が裂けても言えないのだ。
……いや。別に言ってもいいのか?
口止めされているわけではない。だがそんなことを言えば、僕と白亜に面倒が目白押しになることは想像に難くない。周囲を黙らせるだけの実力がない以上、今は言わない方が得策だろう。
「僕は魔法が得意なんです。だから森に入ったところから、ずっと魔力の感じ方がおかしいのを不思議に思っていました。だから森の奥でフェリシテが既に魔境に入っていると教えてくれたことで、森全体が魔境になっているのだと思ったんです」
魔力を感知すれば魔境かどうかの判別はできる、と天使は言っていた。ならば僕が魔境を感知しても構わないだろう。
「ハクアもカケルも魔術が使えるんだ」
「ほう。そうなのですか。ちなみにどのような魔術でしょう?」
僕が〈ウォッシュ〉を使ってみせると、兵士は羨ましそうに水塊を見て言った。
「〈ウォッシュ〉が使えるなら、わざわざ狩りをしなくても掃除屋ができるでしょうに」
「掃除屋?」
「ええ。一日に使える回数にもよりますが、日の稼ぎが銀貨1枚くらいにはなるとか」
魔物を一匹狩るのとそう変わらない額だ。街から出ずに済むため危険がないことから、普通なら狩人より掃除屋を選ぶものらしい。
……そういうわけには、いかないんだけどな。
戦って強くなるのが当面の目標だ。なるなら冒険者、街の中で平穏に暮らすことを決めるには、まだまだ試していないことが多い。
「いや。僕らは冒険者になる予定なので……」
「そうでしたか」
納得の表情で頷く兵士に対して、フェリシテは「え」と声を上げた。
「ちょっと待て。ハクアとカケルは冒険者になるのか?」
「ああ。言ってないっけ?」
「そうだよー? 私たちも大きな街に行って冒険者になるつもりなの」
冒険者になりたいというフェリシテに対し、「そんな危ない職業はやめておけ」というお節介な気持ちで敢えて言及しなかったような気がする。一週間もかかる旅路を保証できなかったという理由もあるけど。今ではフェリシテの実力は僕ら以上だと分かっているから、止める理由はない。
「それで、僕らはどうすれば?」
「いえ、特に何もしていただかなくとも結構です。街の外で何か異変がありましたら、お知らせください」
え、何もしなくていいのか?
「このことは領主様に報告します。恐らく、その後に冒険者ギルドと狩猟組合に通達されることでしょう。他の街から魔境を探索できる冒険者が派遣されるのを待つしかありません」
なるほど。そういえばこの街には冒険者ギルドの出張所しかない。この街を拠点にしているような冒険者はいないのだ。
少なくとも僕らにできることは報告まで。なんとなく狩りに戻る雰囲気でもないので、今日はそのまま街に入ることにした。
◇
「ハクア、カケル。冒険者になるということは、メイユシュテットに行くのか?」
フェリシテは上目遣いで僕らを見上げた。
「ああ。本当は魔境で狩りができるのを確かめてからって感じだったんだけど。あの森は下手にちょっかい出さない方が良さそうだしなあ」
「だよね。もう大きい街に行っちゃう?」
白亜もまだ見ぬ大きな街に行きたいらしい。どうもこの街は魔物に狙われているみたいだし、僕はともかく白亜をそんなところに居続けさせるわけにはいかない。
……大変申し訳無いが、早死するのは御免だ。
特に白亜を巻き込むのは駄目だ。僕と白亜がひとりで10体の魔物を相手にできるくらい強くなったら救援に駆けつけるから、それまで頑張ってくれラッヘラカンプよ。もしくは派遣された冒険者がなんとかしてくれるのを祈ろう。
「決まりだな、メイユシュテットに行こう」
「おおー」
小さく拍手して白亜が賛同してくれた。
フェリシテも追従して「おおー」と拍手する。随分と白亜になついたものだ。
「なあ、なあ。じゃあ私が話をつけている商隊に同行しないか?」
「フェリシテちゃん、行く気まんまんだね!」
元からそのつもりだったもんな。しかも、もう準備してるし。
「ああ、それは頼む。ところで一週間くらいかかるんだっけ? 何を準備すればいいんだ?」
「うん? そんなに必要なものはないと思うが」
野宿とかしなければならないのかと心配したが、どうもそうではないらしい。メイユシュテットまでは一週間かかるが、その間には徒歩で半日ごとくらいに小さな村があるそうだ。宿まではないが、村ごとに旅人や行商人が泊まれる小屋などがあるらしい。
とはいえアクシデントがあれば野宿することもある。最低限の準備はしておかなければならないだろう。
フェリシテが「準備のための買い物は明日にでも付き合おう」と申し出てくれた。そして、ソワソワした様子で言った。
「あーそれでだな。ハクアとカケル、よければ私とパーティを組まないか?」
冒険者同士が組んで一緒に仕事をする際の小集団をパーティと呼ぶ。魔境に入るという危険な仕事をする冒険者は、団体行動が基本だ。4人から6人が理想とされているらしいが、別に決まりがあるわけではないため何人でも構わない。一般的には役割の違う者同士が互いの短所を補い、長所を活かすために組むものだという。
……パーティか。悪くないな。
フェリシテの実力は確かだし、能力値も【感知】特化であるため役割が被らない。僕と白亜が魔法剣士として前衛と中衛を担えるから、弓手として後衛を任せられるというのは理想的だ。魔物の気配を探知できるのも嬉しい。あと最重要だが、白亜が気に入っているという点だ。単純に同性の友人が出来るのは嬉しいだろうし、〈期待する瞳〉も効果を発揮しやすいだろう。
というか白亜に僕以外の特定の男を見て欲しくない、というのが正直なところだ。年下の少女であるフェリシテならいくらでも見て構わないが、男は嫌だ。別の男が活躍して、万が一そっちになびかれたらどうしよう。気が気じゃない。
……うん決めた。白亜の視界に別の男を入れないようにしよう。白亜の視線を独占するのだ。
僕の精神の平穏のためにも今後パーティは女性のみを登用しよう。情けない理由だが、白亜と付き合えているのは「告白にオッケーしてもらったことになった」おかげであり、僕の魅力でノックダウンしたわけではないのだ。一線を越えたものの、だからと言って安心する理由にはならない。引き続き僕は「頼れる男」を目指し、改めて実力で白亜に認められねばならない。それまでライバルの出現は断固として阻止させてもらう。
「ああいいぞ。フェリシテとなら上手くやっていけそうだ」
「うん! よろしくねフェリシテちゃん」
「……おお! そうか、よろしく頼む!」
フェリシテは目を輝かせて言った。冒険者になりたがっていたフェリシテのことだ、パーティを組むのが嬉しいだろう。年下の狼少女の微笑ましい様子を見て、僕と白亜は顔を見合わせた。
そしてふとフェリシテの年齢が気になった。狩猟組合の受付の人が言ってたが、確か12歳なんだよな。
「そういえばフェリシテ、冒険者登録するのに年齢はいいのか?」
「うん? それは大丈夫だ」
「でも15歳じゃないだろ」
「う、大丈夫だ。そもそも冒険者になるのに、年齢は関係ない」
フェリシテは目を逸らした。僕らに「15歳」とか言っちゃったもんな。
「年齢が関係ないってことはないだろ」
「いや。極端な話を言えば、生まれたての赤ん坊でも登録できないことはない。実際には受付に止められるだろうが」
「ふうん?」
あまりにも見た目が幼く頼りない場合は試験がなされることもあるが、基本的には年齢不問らしい。例え本人に実力がなくても、ベテランの冒険者が面倒を見るといった場合も登録できるそうだ。敢えて杓子定規になりがちなルールを決めずに、現場の判断で決めるという考え方である。
「ギフトによっては子供だろうと役立つ者もいる。そういう者が登録できない状況を作らないためにも、厳密に決めていないそうだ」
「ふうん。フェリシテの実力は確かだし、そういうことなら大丈夫か」
「フェリシテちゃん、強いもんね~」
白亜がさりげなくフェリシテに手を伸ばした。肩を抱き、あ、フードが邪魔っぽい。さすがにまだ耳は触れないか。だがあとちょっとで未知の感触に手が届きそうだ。頑張れ白亜。
フェリシテは不思議そうに白亜を見上げたが、気にせずされるがままになっている。同性だし、このくらいのスキンシップはアリなのだろう。
……耳と尻尾。僕も仲良くなれたら触らせてくれるのだろうか。
僕の視線を受けてやはり首を傾げたが、気にしないことにしたのだろう。フェリシテは言った。
「そうだ。パーティを組んだのだから、ウチに来ないか。狭い家だが、ふたりくらいなら泊められるぞ。宿を引き払って来るか?」
どうしようか。宿代がかからないのは嬉しいが……あ、もしかして白亜とイチャイチャできる時間が減る? でもパーティを組むなら一緒に生活するようなものだろうし。そうすると今後も宿とか一緒になるのか? なら出発までの数日はふたりっきりで過ごせる貴重な時間なのでは……
そんな僕の葛藤をよそに、「じゃあお世話になるね!」と白亜が即決してしまった。ま、まあいいけどさ。もうちょっと残念そうにするとか、ないかなー? ……ないですか、はあ。