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エンゼル・ホットライン ~僕のカノジョは恋の奴隷~  作者: イ尹口欠


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24.〈生物解体〉

 猪。つまり野生の豚肉だ。きっと美味に違いない。さすがにコーギーみたいな味はしないだろう。あれは軽くトラウマだ。


「フェリシテ、僕と白亜が前に出る」

(いや)。まず撃つ」


 フェリシテは素早く背中の弓を構え、腰の矢筒から木の矢をつがえた。僕らが剣を抜くのと同時に照準し終わっているから、早業だ。


 ブルリと鼻を鳴らした猪は、猛然と土を蹴立てて走り始めた。まさに猪突猛進。口元に生えた一対の牙が武器なら、その巨体の質量もまた凶器のはずだ。


 ――剣で止められるか!?


 前に出るのを躊躇はしない。だが僕の〈剣技〉をもってしても、その勢いを殺すのは不可能だとスキルが告げている。


 その逡巡をよそに、フェリシテが矢を放った。


「〈影縫い〉」


 声が何を意味するのか咄嗟(とっさ)には判断できなかった。()()を理解したのは、矢が猪の足元に突き刺さった直後のこと。


 僕は「外した」と思った。白亜も同様のことを思っただろう。しかし実際には外したわけではなく狙い通りで、その効果は絶大だった。


 何かに足を取られたようにして、猪が前につんのめったのだ。走る勢いをそのままに急停止させられたため、鼻を地面にしたたかにぶつけて白い火花が散った。


 ……影を縫い止めた? 弓矢を使った魔法、そういうのもあるのか。


 しかしこれで懸念は晴れた。勢いさえなくなれば後は僕の剣でも倒せる。


 フェリシテの矢を除けば、戦いの開幕はいつも通り白亜の魔法からだ。


「〈ウォーター・スピア〉!」


 習得した頃と比べて、格段に射出速度が増した水の槍が放たれる。青白く透き通った先端は水平にされた刃であり、薄く鋭い。流れ星のように水しぶきの尾を引き、――狙いは(あやま)たず、猪の眉間に突き立った。


 バアン、と白い光とともに水が弾ける。槍が砕け波濤(はとう)となって猪に浴びせられる。だがそれはまだ、無害となった水ではない。渦を巻き、再び水は刃に収束する。


「〈弐之槍〉!」


 それは白亜の新しいスキル〈水流操作〉による追撃の魔法だった。しつこく〈ウォッシュ〉を操作することに腐心した結果、得たスキルである。


 ……ほんと。暇さえあれば〈ウォッシュ〉してたもんな。


 そのスキルを習得したときは、さすがに呆れと共に笑ってしまった。


 〈弐之槍〉はウォーター・スピアが目標に命中した場合にのみ使用できる魔法で、槍が崩れた後に残る水を再利用して刃を形成するものだ。斬りつける刃の威力は低いが、しかしこの魔法の優秀なところは消費MPがないことである。というか〈マイ・ステータス〉を見ると、〈ウォーター・スピア+弐之槍〉という既存の魔法を拡張した表記になっていて、新しい魔法を習得したわけではないらしい。天使に確認しても、別の魔法を使うわけではないから消費MPがない、ということだからそういうものなんだろう。


 短い刃は猪の背を斬りつけながら、今度こそ虚空に消えた。


 消えると同時に、僕が猪の目の前に迫っていた。


「ぶも!?」


 さあ、僕が相手だ。


 足を踏みしめ、膝を屈伸し、腰を回旋する。順に身体の各所が回り、最後に鉄の篭手を嵌めた両腕が、腰だめにしていた剣を横薙ぎに振るった。全身を使った遠心力による一撃は剣によるものだが、HPというシステムにより斬撃ではなく打撃となる。ガアン、と銀弧が猪の頭部にブチ当たり、白い爆発が猪の頭を盛大に揺らした。


 ぐらりと猪の胴体が(かし)ぐ。頭部への剣戟は脳震盪になるが、しかし野生のタフネスは馬鹿にならない。覚束(おぼつか)ない足で懸命に胴体を支え直し、牙をこちらに向けて振るってきた。


 だが遠い。上体を逸し、軽くスウェーしただけで回避する。かすりもしない。


 縦に構え直した剣を、今度は腹筋を使って振り下ろした。思わず「ふ、」と声が漏れる。


 ――駄目だな。


 振り下ろしながら思った。剣が当たり、白い光を散らすのを見て、やはりな、と改めて思う。


 猪の頭部は固かった。頭蓋骨というのは天然に備わったヘルメットであり、衝撃は半球状のそれに吸収され分散される。横から当てた最初の一撃こそ脳を揺らしたようだが、正面から叩きつけるような上段斬りは効果が薄い。特に四足獣は四本の足で大地に立っている。上から押しつぶすような衝撃には強く、二本足で立つ人間とは構造からして違うのだ。


 ……そういえば〈エンサイクロペディア〉を確認していないな。新しい魔物と戦うのは久しぶりだったから、うっかりしていた。


 頭の片隅で反省する。振り下ろした剣を下段に留めながら、猪の横に回る。剣自体の重みをその場に残すようにして、自分だけが動く。そうすることにより、


 ――切っ先に力が乗る!


 右方向に回りこむ。剣先は猪の目の前に。そうしながら左手で長い柄の先端を押し、刀身を跳ね上げた。


 首を()ねる。白い光が血しぶきのように舞い、遅れて鮮血が噴き出した。


 魔物、とくに動物型のものは、生物としての構造を持っている。骨は堅く、肉は柔らかい。それは防御力のようなもので、HPの減少に大きく関わっていた。つまり(もろ)い部分を攻撃すればHPはより多く減少するし、そうでなければなかなかHPが減らないということでもある。そのことに気づいて魔物の解体のときに注意してみれば、


 ……〈生物解体〉を取得した。今では魔物の()()()()()()()()()()()()


 どう、と倒れる猪を見下ろす。


 視線を感じて首だけで振り返ると、二人分のそれが注がれていた。


 白亜の瞳の中にキラキラと瞬く星が見える。カノジョの期待に応えられているのを確認して、僕は心中で安堵する。


 そしてフェリシテは目を丸くして僕を見ていた。驚愕を通り越して呆然としているようだ。


 再び猪に目を落とし、急速に命が失われているのを確認する。流れる血が土を赤茶けた泥に変えていく。


 〈エンサイクロペディア〉を確認すると、『強さ:Rank E』とあった。なるほど、ひとりでは危うい相手だ。今までとはワンランク違う強さだった。とは言え、それでもまだ対応できる範囲内。フェリシテの援護は大きかったが、無くてもなんとかなる相手だ。


 ……まだまだ先は長いな。


 強さの果てを思い、気を取り直して解体を始めることにする。解説によると肉は豚肉に似て美味らしい。楽しみだ。

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