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20.狩猟組合の最高記録

 狩猟組合のカウンターには、エプロンを着たガタイのいい若い男性がいた。一昨日もクリスラビットを買い取ってくれた人だ。挨拶をして今日の獲物を並べる。


「おお、凄いな。これ二人だけで狩ったのかい?」

「はい。血抜きをして内蔵を取ってあります」

「うん。確認させてもらうよ」


 テキパキと肉を見て、換金部位の状態を確かめる。狩猟組合で働いているだけあってか、重い肉をひょいひょい持ち上げているのが凄い。僕らでは木に吊るすのも結構な重労働だったのだが。


「うんうん。どれも問題ないね。いやあ旅をしてきただけあって、腕がいいのが分かるよ。剣でつけた傷が真っ直ぐに刻まれているだろう」

「本当ですね」


 スキルのお陰だが、素直に賞賛を受けておく。毛皮を剥がれたクリスラビットの傷を見ると、確かに剣でバッサリと肉を断ち切っているのが分かる。同時に、


 ……この肉の筋に沿えば、もっと上手く斬れるんじゃないか?


 新しい発見があった。骨と筋肉は生物に備わった天然の鎧だ。ならば鎧の継ぎ目を狙うのが合理的じゃないだろうか。


 ……今度から解体の時は毛皮も剥いで、肉の付き方も見てみるかな。


 今日の獲物はなんと銀貨8枚と銅貨30枚になった。このペースで稼げるなら、宿代と食費を稼いで、更に装備更新のための貯蓄ができるはずだ。


「ふうむ。これだけの実力があれば、二人がかりとはいえフェリシテの最高記録も塗り替えられそうだな」

「フェリシテちゃんの?」


 狼人族(ワーウルフ)の少女の名に白亜が聞き返した。


「ん、フェリシテを知ってるのかい」

「はい。昨日、冒険者ギルドの前で会って話をしたんです」

「そうか……やっぱり街を出る気なんだな」

「やっぱり、ですか」


 僕が聞くと、ガタイのいいお兄さんは寂しそうな笑みを浮かべて言った。


「うん。フェリシテはお兄さんと二人で狩りをして暮らしていたんだ。けど、そのお兄さんが二年ほど前に亡くなってね。元々、フェリシテが大きくなったら街を出て冒険者になるという話だったんだが、どうもそれを叶えたいらしい」

「でもあんなに小さいのに」

「はは、確かにまだ十ニ、三だったと思うけど。でも狼人族(ワーウルフ)ってのは狩りができれば一人前って感じだからね。この街で一番、獲物を狩るのはあの子だ。そういう意味じゃ、フェリシテはとっくに大人だよ」


 やっぱり歳は誤魔化していたか。いくら種族としての一人前の基準を満たしているとはいえ、人間社会でそう見てくれるとは限らない。いくら中世的な文明社会でも、十五に見たないのではいかにも若い。


「多分、路銀は貯まっているだろうし、あとは同行してくれる信用に足る人を探すだけだろうね。たまに来る冒険者か、そうでなければ行商についていくか。どっちかじゃないかな」

「そうですか……フェリシテちゃん、凄いなあ」


 白亜が感心している。幼くして道を定めているという部分は尊敬できるので、僕も同じ気持ちだ。


 僕はふと気になってカウンターのお兄さんに問うた。


「ところで、さっき最高記録がどうとか言ってましたけど、それはなんですか」

「ああ。この街の狩猟組合で最も高額な買い取り価格を叩きだしたのが、彼女なんだ」

「へえ。どれくらいなんですか?」

「金貨5枚だ」


 凄いな。というか今日の稼ぎじゃ全く勝てる見込みはないじゃないか。


「一体、どれだけの量を一日で狩ったんだ」

「いや。一体だけだよ。――あれを」


 顎で指し示された先には、壁一面を覆うように飾られた巨大な熊の皮。いや実際にほぼ全面を覆っている。横にした状態で幅が床から天井まで届いているし、あれが立ち上がったとすると、


 ……身長は3メートルくらい? いやもっとか?


 とてつもないデカさだ。


「君たちなら、あれを狩れるんじゃないかね」

「いやいやいや」


 無理だろ。


 しかし稼ぐなら量より質ということか。街からそう離れていないところにいる魔物では、希少価値もないだろう。そういう意味で、魔境に入って大物を狩る、というのは命を賭けた冒険だ。


 そういえば実物を見たから、〈エンサイクロペディア〉が更新されているかもしれないな。あの熊はどのくらい強いのか。本のアイコンを選択する。


『名称:グリーディグリズリー

 分類:魔獣 強さ:Rank D

 森の奥に住まう巨大な熊の魔物。成体ならば全長3メートル以上になり、その膂力は岩をも容易に砕く。

 その巨体とは裏腹に俊敏で、気配を殺す術にも長けている狡猾な森の狩人でもある。

 動物を殺して食らうが、魔物であるため特に人間を見ると好んで襲い掛かってくる。純粋に強くて厄介。』


 強さ『D』ってことは、『Rank D』冒険者がパーティを組んで戦う相手だ。これを単独で倒すというのか、フェリシテは。


 僕と白亜は『E-』の魔物を単独で余裕を持って狩れるようになった。つまり強さは『Rank E』冒険者と同等だと見ていい。たった二人でパーティ戦力といえるかは微妙だが、『強さ:Rank E』の魔物とも戦えるはずだ。普通なら「使えれば食いっぱぐれることがない」と言われる魔法を、数多く習得しているからだ。


 白亜のギフトも相まって、強さだけなら数日以内に『Rank D』冒険者に引けをとらない技量を身につけることができるだろう。


 ならば、確かに二人がかりならグリーディグリズリーを倒せる可能性はある。あるけど、


 ……まだ無理だな。


 武器は初期装備で、防具は鎧すらないチュニック一丁。もう少し稼いで、せめて剣はもっと長いものを買いたい。リーチの短さは単純に不利だし、振るっていても効率の悪さと威力の低さを感じる。


 防具はまだ何がいいのか分からない。重い鎧は着慣れていないから上手く動けないだろうし。その辺は【筋力】があればいいのかもしれない。【器用】特化にしようと思ったばかりなのに、もう別の能力値が気になるとは、意志が弱い。【精神】も必要なのか、僕? なんにせよあと何日か稼いでから考えよう。


 ひとまず生活の心配がなくなるくらいに稼げることが分かったので、狩猟組合を出たらちょっと贅沢な夕食にしよう。興味あるし、犬の肉を味わうのも悪くないかもしれない。

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