18.〈剣技指南〉
コーギーを木に吊るして血抜きをしている間、白亜に〈剣技〉を習得させる方法について考えていた。
他人を強くする方法か。……やっぱ教育だよな。
剣のコツは掴んだ。そのコツを言葉で伝えることができれば、〈剣技〉取得の道が開かれるんじゃないだろうか。剣術の師範が弟子にいろいろ教えるみたいに。
「白亜。次は白亜が剣で戦ってくれるか? 僕も剣で牽制するし、危なかったら倒すから」
「え? 大丈夫かな……」
「ちょっと素振りしてみてくれるか?」
「うん」
白亜は頷いて、剣を構えた。
「もう少し先を真っ直ぐ見たほうがいい。あと肩に力が入りすぎかな。よし振って」
ぶん、と鉄剣が力いっぱいに振られた。剣筋がブレている。短いが分厚い金属の重みに、白亜の腕力では少し足りないのかもしれない。でも僕も力がある方じゃないから、振り方を良くすれば改善されるはずだ。
「ゆっくりでいいから、真っ直ぐ振り下ろしてみようか。剣の重みがあるから、剣先が落っこちるようなイメージで試してみて」
「う、うん」
少し良くなった。だがこの振り方じゃ、力が入っても大した威力にはならない。
「テコの原理って分かるだろ。右手が支点で、左手が力点で、剣先が作用点になるんだけど」
「え? ええと……」
僕は右手で剣を握り、左手を前後に動かして剣先を揺らして見せた。
「でな。右手を前に出しながら左手を後ろに引くんだ。そうすると、剣先が早く振れる。やってみて」
「あ、そっかそっか」
白亜も右手と左手を互い違いに前後させて、更に腕を振る動きを足して剣を振るうようになった。そうそう。いい調子じゃないか。
「その動きを意識しながら振れるか?」
「うん、やってみる」
ヒュっと剣先が空を切る。だいぶ筋が良くなった。あとはこれを実戦でやれるか、だな。
この動作に腰の動きを連動させれば更に威力は増すし、袈裟斬りなどにも応用が効く。腕だけで振るうのではなく、全身の筋肉を意識するのが大事だ。
「あんまり大振りにしないようにな。怪我しないことを優先していいから。じゃあ魔物を探すか」
「うん! 凄いねカケル、なんか体育の先生みたいになってたよ?」
「まあな。〈剣技〉を習得してるってことは、剣道の有段者みたいなもんだろ? なら教えることもできるんじゃないかって思ったんだ」
「できてたできてた。なんか私にも〈剣技〉が取得できそうな予感がしてきたよ」
先生や師匠という存在が、上達のための近道になるというのが分かる。連綿と受け継がれてきた知識と技術を伝え、先を示すのだ。僕の〈剣技〉は俄仕込みだけど、スキルで得たコツは確かなものだから、上手くすれば白亜も〈剣技〉を取得できるに違いない。
◇
その後、僕らは魔物と四回戦い、合計で六匹を倒した。いずれも〈剣技〉習得を目指して白亜を中心に戦ってもらってだ。
初めは苦戦したが、三戦ほどすると白亜も慣れてきたようで、僕のアドバイスにしたがって徐々に動きが良くなっていく。
四戦目に三匹のクリスラビットと遭遇して肝を冷やしたが、考えてみれば複数の魔物と戦う状況は想定してしかるべきだった。まだ試していなかった〈ディストーション〉で一羽を瀕死に追い込めたので、僕が二羽、白亜が一羽を受け持って難なく勝てた。
〈ディストーション〉の魔法は、5メートルくらい先の空間を雑巾を絞るように捻るというものだった。そして捻られた空間が正常なものとなり、その結果として巻き込まれた対象がダメージを受ける。首をへし折るほどではなかったが、しかし無警戒のところをいきなり捻られるのだから堪ったものではないだろう。ウサギは節々の間接を痛めたのか、よろよろとしか動けなくなった。〈空間魔術〉を鍛えれて捻る角度を増やすことが出来れば、生物としての構造をもつ魔物なら即死させられるようになると思う。
そして単独でウサギを倒した白亜は無事に〈剣技〉を習得していた。そして同時に僕も〈剣技指南〉という新しいスキルを得た。これは他者に〈剣技〉の取得経験値を上昇させる効果があるもので、ただし自分の技量を越える者に対しては効果を発揮しないというものらしい。
〈剣技〉という分野に限った経験値増加スキル。ギフトとスキルという違いもあるが、〈期待する瞳〉に及ぶべくもない。しかしこれで方針は決定した。僕が〈期待する瞳〉で得たスキルを、白亜にも教えるのだ。魔術のような適性が必要なものは難しいが、しかしそれ以外の技術に関するコツは伝えられるはず。教えるという行為についても経験値があるというなら、それも増やして白亜の成長に還元できる。僕と白亜との間における、経験値増幅の循環作業というわけだ。
とはいえ現状、教えられる技能は〈剣技〉くらいしかない。他は魔術か、〈性技〉だ。まかり間違っても白亜のスキル欄に〈性技〉の二文字が刻まれないよう、気をつけなければならない。カノジョがエロいとかサイコーじゃん、とか思わなくもないけど、テクニックを習得するのはまた違うような気がする。そういうことを白亜に求めてるわけじゃない。
あれでも、よく考えるとこの世界の経験者はみんな〈性技〉を習得しているのだろうか。ステータス欄が酷いことになりそうだけど。
『で天使。実際のとこはどうなの?』
『またセクハラですか。お客様……』
『いやいや。マジで気になるんだよ。大人はみんな〈性技〉もってるとか嫌だなあって』
『持ってませんよ! そもそもスキルは修行により経験値を貯めるか、才能があって経験値の効率がいいか、大抵はどちらかです。そのスキルを習得しているのは、つまりそういう修行をする特定の職業の方か、好奇心旺盛で研究熱心な一部の才能ある方かの、いずれかでしかありません』
つまり僕のステータス欄を見られると、どっちかに見られるわけだな。〈情報魔術〉の使い手が多くいるとは思えないけど、全く存在しないわけじゃないだろうし、気をつけようもないけど。名誉なものではないから、とにかく白亜が習得してしまわないように、それだけは心に留めておかなきゃな。