16.経験値取得バグ
魔物の解体用にナイフを二本、細めのロープを一巻き、〈クリエイト・ウォーター〉を入れるための水袋を二枚、雑貨屋で購入した。
店に並んでいる中では安物だがなかなかしっかりした作りのナイフ一本が銀貨2枚で、ロープは一巻きが5メートル分で銀貨1枚、水袋はひとつ銀貨1枚だ。ふたり合わせて7枚もの銀貨を放出することとなった。
ちなみに武器屋というか鍛冶屋も見に行ったのだが、鉄の剣は銀貨10枚からで手が出なかった。革職人の店も見たが、胴体の前面を中心に覆うレザーアーマーがやはり銀貨10枚もする。しばらく稼いでからでないと、ろくに装備が整わないだろう。金を稼ぐために戦力を増強したいのに、戦力を増強するために金がかかる。初期投資という言葉が重くのしかかってきた。
宿代も一泊銀貨1枚で食費は別。明日からどのくらい魔物を狩ることができるのか未知数とくれば、無駄遣いはできない。買い物を切り上げて、僕らは宿に戻った。
受け付けは昨日と同じ女性で、いつの間にか白亜と親しげに話すようになっていた。ほんといつの間に仲良くなったんだろう。女の子のコミュ力って凄い。銀貨1枚を支払って、昨日と同じ部屋に泊まらせてもらうことにした。
◇
ナイフと水袋は個人管理で、ロープは僕が持っておく。全部〈ストレージ〉に入ったので、かさばらなくて楽だ。
『〈ストレージ〉
銀貨 ×3枚
銅貨 ×90枚
ポーション ×2個
空き瓶 ×1個
ナイフ ×1本
ロープ5m ×1本
水袋 ×1枚』
しかし〈ストレージ〉には無限に物が入るわけじゃない。確か個人個人で容量が違うとか聞いたような気がする。気になったので〈エンサイクロペディア〉で〈ストレージ〉の項目を開いてみた。
『〈ストレージ〉:個人空間にアイテムを収納する魔法。容量は[最大MP×500]ミリリットルである。消費MPはない。』
ええと、つまり最大MP1点が500ミリのペットボトル一本分ってことだから、僕の場合は15本分か。多いのか少ないのか微妙だが、ペットボトルを15本も持つとなるとかなり嵩張るはずだ。なんでもかんでも放り込むことはできないけど、サバイバル的な道具を常に携帯できると思えば便利である。重さを感じないという点でも楽だ。
向かいのベッドに腰掛ける白亜に〈ストレージ〉の容量について教えると、「ひとつ思いついたんだけど」と前置きして言った。
「〈ウォッシュ〉を使い続けたらスキルが増えたみたいに、〈ストレージ〉でもスキルが増えないかな?」
「ああ。それは思わなくもないんだけど……」
この〈ストレージ〉、街の人は当たり前のように財布代わりに使っている。店頭でもレジ代わりにお金を出し入れしているから、この世界の人々はかなりの回数を使うことになるはずだ。冒険者ギルドのおばさんからも「〈ストレージ〉と〈マイ・ステータス〉以外の魔術が使えれば食いっぱぐれることはない」などと言っていたから、きっと使えない人の方が少ないだろう。
だとすると、〈ストレージ〉と〈マイ・ステータス〉はどれだけ使ってもスキルを得られるようなことはない気がする。こればかりは白亜のギフトをもってしても、期待できない。この世界で普通に生活していれば万単位で唱える魔法だからだ。消費MPも0だし、何かスキルを習得できるなら、一日中唱えるような修行をする人が必ず目に留まるのではないだろうか。もちろん、そんな人は見かけなかった。
「でも暇だし。一応やってみるか」
「あ、じゃあ私は剣の上に〈ウォッシュ〉してるね!」
ちょ、僕が徒労になるかもしれないのに自分は水の魔法を確実に鍛えるつもりかよ。ひでえ。水魔法については意地でも譲らないつもりだ。
「いいけど……ちゃんと見ててくれよ?」
「分かってるってば。〈ウォッシュ〉!」
僕の方を見ながら、白亜は鞘に水塊を出した。視界に入るように持ち上げているから、ついでのように僕が目に入っているだろう。というかこれで〈期待する瞳〉は発動するのか? まったく白亜の期待を感じないんですけど。
「〈ストレージ〉〈ストレージ〉〈ストレージ〉……」
銅貨を出し入れしながら、唱え続ける。う、早くも舌が疲れてきた。MPが減らないからいくらでも使えるけど、口が痛くなってギブアップする方が早そうだなこれ。
「〈ストレージ〉〈ストレージ〉……ふう」
「がんばって~」
く、そっちは楽しそうだな。これで何も得られなかったらどうしよう。ううむ、僕も〈ウォッシュ〉してた方がいいんじゃないだろうか。
「〈ストレージ〉、〈ストレージ〉……〈ストレージ〉」
そういえば〈マイ・ステータス〉を開いてないとスキルが増えても気づかないな。視界の中に表示させとこう。
それから僕は延々と〈ストレージ〉を唱え続けた。三分も経たずに口が痛くてやめたくなったけど、経験値が増えていると信じて意地で続ける。白亜が水塊のバランスを取って遊んでいる顔を見ながら、たまに目があってクスクス笑い合ったりして。ちょっと楽しい。
「あっ」
果たして、五分ほどの読経は成果を上げた。視界の隅に表示していた僕のステータスに、変化があったのだ。
『名前:マツダ・カケル
種族:人間 年齢:15 性別:男
HP:16/16
MP:5/15
筋力:- 器用:- 敏捷:- 知力:- 精神:- 感知:-
ギフト:〈永遠に変わらない愛〉
スキル:〈性技〉〈剣技〉〈属性魔術:水〉〈空間魔術〉
魔術:〈エンゼル・ホットライン〉〈ストレージ〉〈エンサイクロペディア〉〈マイ・ステータス〉〈エリア・マップ〉〈ウォッシュ〉〈クリエイト・ウォーター〉〈ウォーター・スピア〉』
なんだ、割りと楽に習得できるじゃないか。〈空間魔術〉ねえ。早速〈エンサイクロペディア〉で調べる。
――空間を操作する権限を付与されたユーザーが取得できるスキル。〈ストレージ〉も空間魔術に含まれるが、これは全ユーザーに開放されている基本システムである――
うん、なんかヤバそうだ。これ習得できるのはバグじゃないだろうか。たったレベル5で〈テレポート〉とか大丈夫か? レベル1の〈ディストーション〉って魔法からして随分と凶悪そうだぞ。
『〈ディストーション〉:対象をねじ曲げる魔法。空間に直接作用する。消費MPは10点である。』
ねじ曲げるて。怖っ。当たりどころが悪ければ即死コースじゃないか? 間違えて自分が巻き込まれても大怪我しそうだけど。複雑骨折、間違いなしだ。
ていうか〈ストレージ〉がレベル0って書いてあるから、普通はどれだけ使っても〈空間魔術〉は習得できないんじゃないだろうか。多分、取得経験値がゼロなんだろう。そこを白亜のギフトでちょびっと入るようになっちゃったから、こんなバグが起きたんだ。
だがしかし。バグ、大いに結構。僕はこれから〈空間魔術〉を極める。そして魔王をねじり殺すのだ。
『こんにちは天使です。ちょっとお話があるんですが……』
ぴょこん、とアプリが勝手に起動してテキストチャットが開いた。
『なんだ。返さないぞ』
『いえ、ちょっと待って下さい。いくらなんでも、〈ストレージ〉を使用して空間操作の権限を得るのはおかしいというか……』
『知らん。一度習得したスキルを消そうなどと、そんな非道なことは絶対にさせないぞ』
『はい。それはまあ。ほんとになんで……』
『あとギフトの修正もやめろよ? 今から〈マイ・ステータス〉を試すんだ』
『うわあ』
ざまあみろ。大いにバグを活用させてもらうぞ――己の迂闊さを呪いながら、指をくわえてみているがいい!
「〈マイ・ステータス〉〈マイ・ステータス〉、……うべ、舌噛んだ」
「あれ、カケル。〈ストレージ〉はもういいの?」
「うん。バグを塞がれる前にな……〈マイ・ステータス〉」
「ばぐ?」
五分後。読経の末に僕は〈情報魔術〉というスキルを新たに習得した。そして〈エンサイクロペディア〉の該当項目に他者のステータスを見る魔法とアイテムを鑑定する魔法があるのを見て、思わずガッツポーズしながら天使に言ってやった。
『ざまぁ!』
『ちょ、最悪ですよこのひと!?』
なんとでも言え。なお同様に〈エンゼル・ホットライン〉を連打した結果、〈神聖魔術:エルミーユ〉を習得できた。〈エリア・マップ〉では何も出てこなかったので、多分これは〈情報魔術〉あたりに分類されるんじゃなかろうか。エルミーユとは一体何だと思って〈エンサイクロペディア〉を見るが、そのような項目はない。〈神聖魔術〉自体の項目を見ると、
――神聖魔術は加護と恩寵を与える七柱の神々により、使用できる魔術が異なる。〈神聖魔術:●●〉のように表記され、●●の部分に神の名が記される――
……と書いてあるのだが、その肝心の七柱の神の中に、エルミーユなる神の名がない。これもきっとバグだな。
『おい天使。ちょっとバグ、多くないか?』
『はい。〈空間魔術〉を取得した時点でおかしかったので、先程から調べていました』
『うん?』
『白亜さんのギフト〈期待する瞳〉の発動条件が比較的緩いのは確かですが、それでも毛ほども期待していない事柄にまで影響を及ぼすようなものではないのです。だから普通は、このようなスキルの取得はありえません。千年ほど昔に英雄を生み出したときも、これほど乱雑にスキルが増えるようなことはなかったはずです』
『じゃあこれは、どういうことだ』
『経験値の取得ログを確認したのですが、お客様の行動のほぼ全てに〈期待する瞳〉の効果が発揮されているのを確認しました。ええと、ここからは推測になるのですが、原因はお客様のギフト〈永遠に変わらない愛〉だと思います。おふたりの結びつきが強すぎて、マツダ・カケルという存在そのものに白亜さんが期待している状況なのではないでしょうか』
『存在そのものに期待ィ?』
『はい。白亜さんにとって自分を導き、守り、幸福を約束してくれるマツダ・カケルという存在は、無条件に期待するに価するというわけです。よってお客様のあらゆる行動にボーナス修正と取得経験値アップが強力にかかっている状態となっているのではないかと。言ってしまえば全く適性のない属性の魔術スキルすら取得できてしまっている状態でして』
ふうん。なるほど確かにちょっと行き過ぎなくらい楽にスキルが増えた。素振りだけで〈剣技〉が増えるのはまだしも、〈ストレージ〉を唱え続けるだけで〈空間魔術〉ってのはやりすぎだ。でも理由を聞くだに、これが愛ってやつだろうか。
『まあいいや。元々、異世界への移住にはチートな特権能力が付与されるんだ。それが特に強力なのを選んだってことで、構わないだろう?』
『まあそうなんですけどね。でもちょっと挙動が妙で……』
『はいはい。この件は問題なしってことで。あ、それと〈神聖魔術:エルミーユ〉のエルミーユってどんな神だ? 〈エンサイクロペディア〉には神は七柱と書いてあるのに、そこに入っていないんだが』
『あ、それはその。神ではありませんので』
『じゃあなんだよ』
『ええと、その。すみません……私の名前です』
『お前かよ!!』
天使といえば神のパシリみたいなものだから、そういうこともあるのかもしれない。しかし神より格下じゃないのか天使って。もしかしてハズレスキルじゃねえの、この〈神聖魔術:エルミーユ〉?
『いえいえ。あくまで七柱の神々はこの世界の中でしか信仰されていないローカルな神格者に過ぎません。世界を創造し管理している神とその尖兵たる私たち天使とは、格が違います』
『ほう。つまり七柱の神々よりお前の方が上ってことなのか?』
『…………多分』
そこは断言しろよ!! やっぱコイツ使えねー。