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12.〈剣技〉と〈属性魔術:水〉

 宿に食堂はないため、朝食は向かいの大衆食堂か市場に行くことになる。夕食を抜いたため空腹だった僕らは、大衆食堂でパンとスープ、サラダを食べた。そこで気づいたのだが、どうやら銅貨30枚のウサギの串焼きは高級品だったらしい。パンひとつの値段が銅貨5枚だったのだ。スープとサラダを加えても銅貨10枚にしかならないのである。この辺の金銭感覚はもっと磨いておかないと危なそうだ。お金のことは白亜も気にしてたし。


 パンは全粒粉の硬くて重いものだった。黒っぽくてつぶつぶした麦やナッツのようなものが入っている。噛むと口の中の水分がごっそりと奪われ、スープと一緒でなければとても食べれそうにない。代わりに腹持ちが良さそうだ。朝食にパンを食べると決まって昼前にはお腹が空いていたから、僕は断然ご飯派だったけど、このパンならそういう心配は無さそうである。


 白亜の身体を気遣って、今日は街からでないことにした。白亜は「気にしないで良い」と言ってくれたが、気にならないわけ無いじゃないか。ちなみにシーツは白亜が念入りに〈ウォッシュ〉していたから、真っ白だ。


     ◇


 市場は昨日ひと通り見たしこの街の観光スポットなど知らないので、剣の訓練をすることにした。誰かに聞くか〈エリア・マップ〉を駆使すれば何か見つかるかもしれないけど、そもそもこの世界には観光しに来ているわけじゃない。それに今のうちに白亜のギフトの効力を確かめておきたいということもある。果たして、素振りするだけで剣のスキルが増えるのか。それが今日の課題だ。


 宿の敷地の中には運動のできそうなスペースがあるので、そこを借りることにした。受付の女性に聞くと、交易商の護衛の人が剣を振ったりするために使われているそうで、今日は誰も使っていないらしい。


「白亜。今から剣を振るから、ちゃんと見ててくれ」

「はーい。頑張ってね~」


 どうでも良さそうな感じで、手を振る白亜。ああ、白亜に手を振られてるぞ僕。幸せだなあ。でもこれ、〈期待する瞳〉(ウィッシュ・スター)が発動してる様子はないよな。大丈夫かこれ。


 鞘から鉄剣を抜き、構える。ウサギの血で汚れているのをすっかり忘れて放置していたため、今朝慌てて鞘とともに〈ウォッシュ〉した剣だ。だから刀身の一部がちょっとだけ変色してしまったが、使うのに支障はない、と思いたい。


 さて、どうやって構えるのがいいんだろう。体育でやった剣道を思い出そうとするけど、三年ではやらなかったからよく覚えていない。忘れるの早いなあ。使わなければこんなもんか。


 剣を持ち上げる。踏み込みながら剣先を意識して振るった。えい。


 なんか違うなあ。短いとはいえ剣が重いからか、上手く振れてない。元の位置に戻りながら、また面打ちをイメージして振るう。やあ。


 あ、そうか。剣を振るうときに右手を前に出しながら、左手を引くんだったな。そうするとテコの原理みたいに、剣先が早く振れるんだよ。とお。


 体重移動がなってないなあ。踏み込みが形だけだ。前に出ると同時に、その勢いを剣先に乗せなきゃ。てい。


 ヒザを柔らかく、上体を真っ直ぐにして、真上から一直線に振り下ろす。違うな、綺麗過ぎる。そうじゃなくて身体のヒネリで打つんだよ、確か。とりゃ。


 面打ちだけじゃなくて、かわされにくい横薙ぎとか袈裟斬りも練習しなきゃな。でもどこをどう振ればいいのか、分かってきた気がするぞ。


 鉄の重さにおっかなびっくり振っていた僕の素振りは、何度かの修正を経て研ぎ澄まされていた。振るう度に空を切る音が鳴り、自在に宙を切り裂く。


 気がつけば、僕は延々と素振りを繰り返していた。途中から()()()()()ようになってきて、面白くなってしまったのだ。いかんいかん、白亜を放って何してるんだ僕。退屈させてないだろうな?

 汗を拭いながら横を見れば、白亜がキラキラした瞳で僕を見ていた。


「凄い! カケルって剣道、得意だったっけ?」

「いや……体育でやっただけだけど」


 その体育も真面目にやっていたとは言えないけど。


「なんか時間を忘れる勢いで振ってたみたいだ。何分くらい経った?」

「え、かれこれ三十分くらいかな」


 なるほど。汗だくになるわけだ。


「でもなんかサマになってたっていうか。いい音させてたみたいだけど?」

「ああ。多分、白亜が見ててくれたからだよ」

「えー?」


 いやほんとに。〈マイ・ステータス〉を見て確信した。


『名前:マツダ・カケル

 種族:人間 年齢:15 性別:男

 HP:16/16

 MP:15/15

 筋力:- 器用:- 敏捷:- 知力:- 精神:- 感知:-

 ギフト:〈永遠に変わらない愛(プロミスト・ハート)

 スキル:〈性技〉〈剣技〉

 魔術:〈エンゼル・ホットライン〉〈ストレージ〉〈エンサイクロペディア〉〈マイ・ステータス〉〈エリア・マップ〉〈ウォッシュ〉』


 はええよ〈剣技〉。このステータス欄、習得順に並ぶから先頭のスキルについ目が行くんだよなあ。こんなに簡単に習得できるなら、昨日ちょっと素振りすれば良かったんじゃないの? うああ、入れ替えてえ。

 こんな時こそ、天使の出番だ。僕は〈エンゼル・ホットライン〉を起動して言った。


『おい天使、ステータス欄のスキルの順序を入れ替えられないのか?』

『無理です。見る度にご自分を見つめなおすと宜しいですよ』


 天使はこれ見よがしに『サムズアップ』の絵文字を送り付けてきた。チ。役に立たない奴め。あとお前、絵文字の使い方おかしくねえ?


 気を取り直して白亜に報告する。


「白亜。早くも〈剣技〉っていうスキルを習得したぞ。白亜のギフト、超ツエーよ」

「え、もう?」


 目を丸くしながら拍手してくれた。「やったね、最初のスキルだね!」とか言われたけど、まさか既にいかがわしいス(〈性技〉)キルを習得してます、とは言いづらい。


 汗を〈ウォッシュ〉で洗い落としながら、ふとこの魔法も白亜の見ているところで使えば上達するんじゃないか、と僕は思いついた。これは試す価値がありそうだ。


     ◇


 白亜に〈ウォッシュ〉を使うところを見ていてもらうという案は、一日に何度この魔法が使えるかで変わってくる。僕のMPは15だから、トイレとシャワー代わりに何度か残しておかなければならない。こういうシステム的なことは天使に聞くに限る。

 今朝、起きたらMPが回復してたからスルーしたけど、横着せずに聞いておけば良かったかな。僕は〈エンゼル・ホットライン〉を起動した。


『はい、天使です』

『なあMPの回復ってどうなってるんだ?』

『MPですね。ゼロの状態から、24時間で最大MPまで回復します』


 ということは今の僕は、ええと24÷15だから……1.6時間……つまり96分ごとに1点ずつMPが回復するのか。


『眠ったりすると早く回復したりするとかは?』

『いいえ、そのようなことはありません。純粋な時間経過のみで回復します。あとはマナ・ポーションというMPを回復する薬品などでしょうか』


 やっぱりMPを回復するアイテムとかあるんだな。でもきっと高いだろうし、今のところ消耗品の類を購入する金銭的余裕はない。


『ついでにHPの回復はどうなってる』

『こちらも同様に、ゼロの状態から24時間で最大HPまで回復しますよ』


 やはり眠ったりすると早く回復するとかは無いらしい。あとは今持っているポーションでも回復するとのことだ。


 あくまでHPは怪我をしないためのバリアみたいなもので、僕の体力などには一切関係ない。そう考えれば睡眠などの休息で回復しないのも頷ける。しかし逆に言えば規則正しく生活しないと、HPに関わらず僕の生命活動に支障が出るというわけだ。


 聞きたいことは聞けたので、〈エンゼル・ホットライン〉を終了して〈ウォッシュ〉の修行に入る。MPは余裕を持って2~3点ほど残せればいいから、10回は使えるな。


「よし白亜。今から〈ウォッシュ〉を使うから、見ていてくれ。上手く行けば水の魔法が増えるかもしれない」

「え、なにそれ。ズルい」


 白亜が頬を膨らませた。ああ、なんか〈ウォッシュ〉を初めて使った時もやたら喜んでたし、水を操るような魔法らしい魔法が好きっぽいもんな白亜。でも悪いけど、新しいスキルや魔法の習得実験は必須だよ。命かかってるからね?


「まあ、これで何か習得できるかはまだ確定してないし。もし何か習得できるなら、白亜も〈ウォッシュ〉を使っているうちに新しく魔法が増えるってことだし。それを確かめるためにも、いま僕が試すのは悪い話じゃないよね?」

「ううん。そうだけど……」


 釈然としないようだが、とはいえ魔法が増える重要性は白亜も理解しているようで、しぶしぶ「じゃあ見ててあげる」と言った。頬を膨らませたままだけど。その顔も可愛いです。


「ありがとう。……〈ウォッシュ〉」


 水塊を作って動かす。出してから思いついたが、これを動かしている間も経験値が増えているかもしれない。だとすれば1点のMPでより多くの経験値を稼いだ方がいいだろう。


 手から手を伝うようにして水塊を転がす。うねうね。ころころ。伸ばす。びろーん。うん、なかなか思うように動くじゃないか。ちょっと楽しくなってきたぞ。白亜の気持ちも分かろうというものだ。粘土遊びしてるみたいな楽しさがある。


 しばらく動かしていると、手の汚れを全て落としきったのか、水塊は小さくならなくなってきた。そういえば皮膚の表面には目に見えない微生物が住んでいるのではなかったか。表皮常在菌とかいう奴で、確か老廃物を食べたりして肌を綺麗に保ったりしていたはずだ。そのため過度な殺菌は肌に毒になるのだけど、〈ウォッシュ〉の魔法はそこまで考えているのだろうか。


『おい天使、僕の表皮常在菌は〈ウォッシュ〉で死滅したりしないだろうな?』

『……は?』


 唐突な美容に関する質問に天使は対応できないようだ。まあそうだよね。いきなりすぎたよね。新人には難易度が高かったかな? 仕方ないので、質問の意図を説明してやる。


『ああ、分かりました。そういう意味の質問でしたか。確かに〈ウォッシュ〉は過度な殺菌になりますよ。あまり念入りにすると、肌を弱くするかもしれません』

『ふうん。ありがとう、後で白亜にも教えなきゃな』

『カノジョの美容の心配でしたか。……はは』


 天使はなぜか『血管マーク』の絵文字を送り付けてきた。お前その絵文字、使いすぎじゃねえ?


 とりえあず手が荒れると面倒なので水塊を地面に落とすと、じゅわっと土に吸われるようにして消えた。あと9回使えるけど、地面に落として消えるだけでは操作する時間がなくてもったいない気がする。あ、剣を洗えばいいのか。刀身の上を転がし続けるというのはどうだろう?


 水塊を剣の上で転がすこと約十分。果たして思いつきは上手くいった。


『名前:マツダ・カケル

 種族:人間 年齢:15 性別:男

 HP:16/16

 MP:15/15

 筋力:- 器用:- 敏捷:- 知力:- 精神:- 感知:-

 ギフト:〈永遠に変わらない愛(プロミスト・ハート)

 スキル:〈性技〉〈剣技〉〈属性魔術:水〉

 魔術:〈エンゼル・ホットライン〉〈ストレージ〉〈エンサイクロペディア〉〈マイ・ステータス〉〈エリア・マップ〉〈ウォッシュ〉』


 スキル欄に〈属性魔術:水〉が増えていた。魔術の欄に新しい魔法が増えるかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。そういえばステータス欄には『魔術』と書いてあるけど、魔法と魔術は何か違うのだろうか。


『ご利用ありがとうございます、天使です』

『度々すまんな。〈属性魔術:水〉ってスキルが増えたんだが、これはなんだ。あと魔術と魔法ってなんか違うのか?』

『あれ、〈属性魔術:水〉ですか? ……ああ、〈ウォッシュ〉を使われたんですね。分かっていたこととはいえ、仕方ないですね』


 確か〈ウォッシュ〉を習得するときに、天使は「適性を無視して」とか言っていたからな。〈ウォッシュ〉がなければこのスキルは覚えられなかったということだろう。というか僕らが苦労すべきって考え方はなんとかならんのかコイツ。


『まず〈属性魔術:水〉とは、この世界の魔術体系のひとつである〈属性魔術〉のなかで、水属性に関して一定以上の技量があることを表しています。適性のある属性であれば低レベルの魔法は扱えるため、それを繰り返し行使することにより経験値を貯めるのが一般的な習得方法ですね』

『ふうん。それで』

『〈剣技〉も同様なのですが、習得して初めて入り口に立ったのだとご理解ください。技能に習熟し極める道は果てのない――』

『あ、その話は長いか? 〈属性魔術:水〉の説明ならもういいぞ』

『え、そうですか……』


 お前は本当に話題から脱線するのが好きだなあ。


『ええと。あとは魔術と魔法の違いですね。魔術とは魔法を扱うための技術全般のことでして、魔法というのは物理法則を無視した現象のことを言います。例えるなら魔術と魔法は、マッチと火の関係ですね』

『うん? どういうことだ?』

『例えを変えますと、魔術と魔法は数式と解のような関係です』


 いかん、さっきの方がまだ分かり易い。その例えは僕には難しすぎる。せっかく数学のテストがない世界に来たんだから、数式とか解とか聞きたくない。


『まあとにかく、大した違いはないってことだな』

『え? いえそんなことは――』


 なにか言いたげな天使を無視して僕は〈エンゼル・ホットライン〉を終了した。どうせまた関係のない説明に脱線するんだろう? 分かってるって。


「白亜、無事に〈属性魔術:水〉ってスキルを習得できたぞ」

「え、ほんと? 私もやる!!」


 いそいそと剣を取り出して、白亜は〈ウォッシュ〉を唱えた。そんなに水の魔法を使いたいのか。一生懸命に水塊を転がす白亜、微笑ましいなあ。僕のスキル習得に付き合ってくれたから、白亜が〈属性魔術:水〉を修得するまで、見守ってあげよう。

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