とにもかくにも奥の手を試す
「あ、あなた一体どこから……」
背中越しに、倒れ臥していた女プレイヤーから声が掛かる。
「生きてたか、よかった。無茶した甲斐があるな」
「……む、無茶ってあなた、誰? どうやってココに」
その問いかけに女の方へ振り返ると、彼女はただ唖然とした表情を浮かべている。
赤茶色の髪は右側だけが三つ編みに結われ、やや耳長な面影はエルフ系の種族なのだろう。所々に甲冑のような装飾を施したドレスはまさにファンタジー然としており、その右手には、身の丈ほどもある巨大なハルバードが握られていた。
「……いや、警戒するなよ。俺は仲間だ、お前の救援に来たんだ」
「……救援? あなた、何を言っているの?」
女は警戒心を隠そうともしないが、たしかに彼女の身になってみれば、突如目の前に現れた俺は、十分警戒すべき人物だろう。
……まぁいい。
別に俺だって、この女に有難がられるために、この場所このタイミングでゲームを始めたわけじゃない。
理由は3つあった。
一つは背後に倒れるこの女が、俺の求めていた強力な天賦スキルを持つ仲間候補であり、ランキング100位圏内のトップランカーでもあるから、助けるだけの価値が十分にあったこと。次にこのダンジョンは難易度も高いが報酬も大きい高ランクのダンジョンであったこと。そして何より大きな理由は、このダンジョンを作ったのが俺自身であるということだ。
紙の企画書からゲーム画面に出るまでおよそ半年。そこから実装、調整、実装に半年、さらに最終調整にひと月以上……!
リリースされてまだ一か月のこのゲームで、俺以上にこのダンジョンを知り尽くしている人間はこの世に存在しないと言ってもいい。
だから当然、ここの仕掛けは一から十まで、すべてを把握しているのだが……
――突如、石畳を震わすほどの雄叫びとともに、【巨碗のミノタウルス】が勢いよく振り回した大斧。それを真後ろに飛び退くと、足下でカチッと音がする。
「あ、ヤベ……」
踏んだのは、仕掛けられた(俺が仕掛けた)石弓のトラップだ。
慌てて真横に転がるものの、俺がいた場所に放たれた弓は、必然、そのまま真後ろに倒れていた女に飛来する。
「ちょっ!? と……!」
ぶす、ぶす、と嫌なSEが響く。
……恐る恐るそちらを振り向くと、どうやら女は腕で受け止めたようだが、心許なかった彼女のHPバーは、いよいよヤバそうな領域まで落ち込んでいた。
「ぐっ……! ちょっとコレは、一体どういうつもり!」
「わ、悪い。どうもまだフルダイブ酔いが……とりあえずコイツで、巻き込まれない位置まで下がっててくれ」
言いながら、初期アイテムとして支給されていたポーションを投げつけると、その青白い液体を浴びた彼女はややHPを戻し、回復アイテムを使ったことで、ミノタウルスのヘイトがコチラに釘づけになる。
「……まさか、あなたが戦うつもり? 無茶よ、そんな初期装備じゃ!」
女の指摘は正しい。
【巨碗のミノタウルス】はLv50帯ダンジョンの中ボスに相当するモンスターだ。
本来は対象レベルのプレイヤー5人以上で取り囲み、相手をするべきレベル。
間違ってもLv1のPL一人で立ち向かえるような、そんなぬるい難易度でこのダンジョンは作ってない。
――だから俺は、そばにあった円柱の裏に隠れると、迷わず既定コマンドを入力し【DIP画面】を開いた。
すぐさま表示されたウインドウは、黒地にMS ゴシックの文字フォントが並ぶだけの無機質な画面、その中から、
・PL_ATK_100x
・PL_NO_DAMAGE
と書かれた二つのDIPフラグを立てると、すぐにその円柱から飛び出す。
「危ない!」
――と、そんな俺の動きを読んでいたかのように、【巨碗のミノタウルス】が大振りなモーションで叩きつけてきた大斧。喰らえばLv50帯でもただでは済まないその一撃に、俺は咄嗟に生身の左腕を突き出し、身体をかばった。
「馬鹿ッ……!」
背後からは悲鳴にも似た声が上がり、おそらく女は目を背けているのだろう。
普通なら、左腕ごと身体を真っ二つにされてもおかしくない威力とLv差。
だがすでに、俺の体は、普通ではなかったのだ。
――ガキンッと、鉄が鉄に弾かれるようなSEが鳴ると、振り下ろしたはずの大斧は俺の腕に弾かれ舞い上がり、【巨碗のミノタウルス】が大きくよろける。
――そのがら空きの腹部へ、右腕一本で叩きつけた小振りな短剣。
その一撃が爆発音のような凄まじいSEを伴うと、ミノタウルスの体が物理法則を無視してくの字にへし折れ、そのまま地面に叩きつけられた。
「……えっ?」
と、しばらくしてから聞こえてきた女の声は、まるで想像していなかった光景が眼前に広がっていたからだろう。
HPバーのほとんどが消し飛び、仰向けに倒れていたのはミノタウルスの方で、その上に俺が馬乗りになっている。……と同時に、俺は冷や汗をかいていた。
……さすがはLv50帯の中ボス。100倍掛けて一撃で倒せないとは思っていなかったが、ダウン硬直でまともに動けないミノタウルスは、恐らくもう一度、この短剣を振り下ろすだけで絶命するだろう。
たった一撃で口から血を吐き、断末魔の表情に変わったミノタウルス。
その貌に何とも言えない申し訳なさを感じつつも、無慈悲に突き下ろした短剣――消滅するHPバーとともに【巨碗のミノタウルス】が黒い霧になって消えると、後には俺のLvUPを告げるファンファーレだけが、神殿中に鳴り響いていた。