オフラインの聖域へ! 物理的侵入(オンプレミス)ハッキングの開始です
「……聖教国の首都、聖地エルサレム。物理的な防壁は騎士団が突破したけれど、本丸である『大聖堂の地下サーバー室』は、彼らが隠し持っていた『最後の物理的遮断装置』で守られているわ。……通信が届かないわね」
聖地エルサレムの門前。私はL-Padを片手に、眉をひそめました。
私たちの目の前には、空を突くような巨大な大聖堂がそびえ立っています。外からのハッキングを受け付けないよう、あそこだけは魔法的な電波すら通さない「真空地帯」が展開されていました。
通信が繋がらない。つまり、私が外から操るドローンも、GVNによる真実の検証も、ここでは役に立たないのです。
「……レティシア、通信が遮断されているということは、向こうはこちらのハッキングを完全に防いでいるということか?」
ユリウス王子が私の横に立ち、剣を抜いて警戒を強めました。
「ええ。……だからこそ、物理的に侵入して、あの中枢サーバー(コア)に直接このL-Padをプラグイン(物理接続)しなきゃいけないわ。……物理的な距離をゼロにする、これぞ究極の『オンプレミス(現地設置)』ハッキングよ」
「ガハハ! 結局は俺たちの筋肉の出番だな! 物理的な障壁なんて、この俺の拳で風穴を開けてやる!」
お父様が愛剣を高く掲げ、咆哮しました。
論理と武力。その両輪が揃った今、聖教国の「最後の聖域」を攻略する準備は整っていました。
聖教国の首都は、静寂に包まれていました。私たちが流したGVNの「真実」によって、教皇の嘘が暴かれ、聖都の人々は今や教皇庁の命令を聞かなくなっています。
しかし、大聖堂の内部には、教皇に心酔する「選ばれし信徒」と、彼らが守る「古の魔導計算機」が稼働し続けていました。
「……行くわよ! 物理的な障害物は、お父様とお兄様、ユリウス様にお任せします! 私はターゲットのサーバー室まで、最短ルートで突き進むわ!」
「了解だ! レティシア、背中は任せておけ!」
お父様が扉を蹴破り、大聖堂の中に踏み込みました。
内部では、聖教国の親衛隊が待ち構えていましたが、お父様の圧倒的な突進力の前に、防壁を展開する隙すら与えられません。
「……シエルお兄様、私のL-Padの同期を維持して。……万が一、私がサーバー室でハッキングしている間に、敵が『世界樹』の方に逆ハッキングを仕掛けてきたら、直ちにこの回線を切り離して!」
「任せてくれ! ……聖域内部の魔力トラップは、僕がこの魔力解析デバイスで無効化する。……君は、データの心臓部へまっしぐらに向かうんだ!」
シエルお兄様が、大聖堂の至る所に仕掛けられたトラップ魔法を、次々と解析・解除していきます。
物理攻撃(お父様)と技術解析(お兄様)の連携により、私たちはまるで水を得た魚のように、大聖堂の最深部へと近づいていきました。
そして、ついに。
大聖堂の地下、深淵のような静けさを湛えた部屋に到着しました。
そこには、巨大な水晶柱が何本も並び、青白い光を放つ「中央演算コア」が鎮座していました。
「……あったわ。……これが、世界中の『Holy-Link』を制御していた親ね」
私は震える手で、L-Padのケーブルをサーバーのコネクタに差し込みました。
「――接続、システム・ルート権限(Root Access)!」
その瞬間、画面が真っ赤に染まり、警告音が鳴り響きました。
部屋の中央に、教皇の姿をした「魔導ホログラム」が投影されます。
『……愚かなる者よ。……神の規格(Holy-Link)を捨て、魔の通信網(L-Protocol)を選びし者よ。……貴様らには、この世界の真実を消去する『最終コマンド(デリート)』を味わってもらおう』
ホログラムの教皇が、嘲笑と共に手をかざすと、サーバー全体から凄まじい「魔力の奔流」が逆流してきました。
Force_Delete = (Total_Magic_Energy * System_Cache_Size) / Permission_Denied_Count
変数の定義:
・Force_Delete: システムを強制削除するための魔力圧力
・Total_Magic_Energy: 教皇庁が数百年かけて蓄積した負の魔力
・System_Cache_Size: サーバーが保持している全人類の歴史データ量
・Permission_Denied_Count: システムが拒否したアクセス回数(レティシアの攻撃による蓄積)
「……この魔力値、尋常じゃない……! ……システムがオーバーフローして、全世界の記録をゴミ箱に捨てようとしているわ!?」
「レティシア! ……その演算、僕の演算ユニットで一部引き受ける!」
「ダメよ、お兄様! ……これを受けると、あなたの脳が焼き切れるわ! ……私が……私が直接、この『負の魔力』をリコンパイル(再構築)するしかない!」
私はL-Padにキーボードを投影し、教皇が流し込む「破壊コード」を、自らの魔力で「無害化コード」に書き換える作業を始めました。
高速で流れるコードの雨。三歳の脳には過酷すぎる情報量ですが、前世で培った「徹夜のデバッグスキル」が、私の指先を限界まで加速させます。
「――try...catch(エラー処理)、展開! ……破壊パケットを全て空関数(Null)に置換して……!!」
大聖堂全体が激しく揺れました。
教皇のホログラムが、驚愕の表情で崩れていきます。
『な、なぜだ……! ……神聖なシステムの深層領域を、なぜ三歳の赤子が理解できる!?』
「……神聖なシステム? ……笑わせないで。……ただの古いコードの塊じゃない。……**『枯れた技術(枯れた技術を大切に)』**っていう言葉を知ってる? ……私は、あなたの作った『枯れた技術』の弱点を、生まれた時から知っているのよ!」
私は最後のエンターキーを叩き込みました。
私の魔力が、サーバーの中枢に「ルート権限」としてインストールされます。
《権限奪取完了。……システム・オーナーを『聖教国』から『グランヴェル王国』へと移行します。……全システムを再起動……。》
画面に表示された進行バーが、100%に到達しました。
その瞬間、大聖堂全体を包んでいた不気味な青白い光が消え、柔らかな、朝日を思わせる温かい光が灯り始めました。
聖教国のサーバーが、私の手によって完全に「ホワイトハック(浄化)」されたのです。
「……やったわ。……これで、この世界の通信は、教皇庁の支配から解放される。……世界中のルーターは、もう誰の命令も聞かない『真実のネットワーク』の一部になったのよ」
「レティシア……!」
駆けつけたお父様とお兄様が、倒れこんだ私を抱きかかえてくれました。
画面の向こう、大陸各地の端末が、一斉にグランヴェル王国の紋章を掲げています。
教皇庁の権威は、これにて論理的にも物理的にも完全に崩壊しました。
「……終わったよ、レティシア。……君は、世界を救ったんだ」
ユリウス王子が、静かに微笑みながら、サーバー室を見渡しました。
……しかし、これで全てが終わったわけではありません。
私のL-Padに、不可解なログが流れています。
サーバーの最深部――教皇すらアクセスしていなかった「隠しディレクトリ」に、まだ「何か」が残っているのです。
(……これは? ……この暗号化の形式……私のL-Protocolでも解読できない……!?)
三歳の聖女は、勝利の瞬間に、新たな「世界の秘密」の入り口に立たされていました。
教皇庁が隠し続けていた、この世界の「本当のOS」とは……?




