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第一話 龍が出る村

初投稿作品です。書くことに慣れるための作品ですので、ゆるりと読んでいただければ。

 確かに、分かりやすく書いてくれとは言ったが。

 持っている紙切れには、棒が二本、十字に組み合わさっている。片方の頭には丸がついていた。

 金星を示す記号のように見える。

 ユラが出発する前に、目的地を周辺住民に書いてもらったものだ。

 これは地図なのか。北すら記していないじゃないか。


 ユラは“龍”が出ると噂の村を探していた。

 紙切れをぐるぐると回し、目を凝らす。

 ――このあたりだと思うんだけど。

 足元がぬかるむ。何度滑って頭から泥まみれになりかけたことか。


「くそ、裾が……」


 既に足首の上まで茶色に染まっている。

 大げさに、膝をあげて歩く。

 調査日和とは言えなかった。

 しかし、報告書にはこう書いてあった。

 ――“龍”は大雨の後、数年に一度にしか姿を見せない。



 道の先から、水の音。

 そういえば、地図を描いた人はこんなことを言っていた。

 ――村の近くに水源があるよ。

 地図に指を滑らせる。

 もしかして、この横棒が、川。こっちの縦棒が、今歩いている道。

 地図が正しければ、丸、つまり村はすぐ近くだ。

 ユラの足は、ぬかるみを振り払って進んだ。




 遠くに白い煙が見えた。空に昇っていく。

 近づくほど、煙突、屋根、水車、洗濯物が鮮明に見えてくる。

 肩から力が抜ける。

 そこに架かっている橋を渡れば、暖炉にあやかれるのだ。

 しかし、地図に記された道はそこで途切れていた。

 泥を含んだ、木の枝を巻き込んでいく水の奔流。

 川だったものには、橋の残骸があった。


「これ、どうしたらいいの……」


 脚が泥に沈んでいく。

 引き抜くのも億劫だ。


「帰る……? ここまで来て……?」


 ため息を吐いてみる。轟音がかき消す。

 誰も、私の落胆を癒してくれない。


「もう!」


 地団駄を踏む。泥が飛び散ってもっと汚れた。


「……の、す……」


 耳が人の声のようなものを捉えた。

 対岸からの助っ人。そうあってほしい。

 ユラは首を伸ばし、向こう岸を見る。


「何か御用ですかー!」


 男の声だ。人影も見える。

 声の主の方向に向かって叫ぶ。


「橋、落ちちゃってるんですけどー!」

「上流の方から、回れまーす!」


 迂回路がある。村にたどり着ける。

 水の流れに逆らうように、川沿いに歩き始めた。


「……やっと、着いた……」


 両手を膝に添え、肩で息をする。

 頭を持ち上げる元気すらない。

 股の間から、さかさまになった川沿いの道が覗いていた。

「上流から回れる」。

 安易に受け止めた自分が悪い。

 ユラは奥歯を噛みしめる。

 鼻歌など、とっくに歌う気は失せていた。


「お疲れ様です。この前の増水でやられましてね」


 若い男の声が話しかけてくる。


「あの……何の……話でしょうか」


 主語が無い。苦手なタイプかも。

 いや、顔を見ずに受け答えしている自分が言えたことではない。

 息を整え、背筋を伸ばそうと力を込める。

 それは会釈のような角度として実を結んだ。

 ひげをたっぷりと蓄えている男が見下ろしている。

 風貌から中年かと思ったが……


「ああ、橋の事です」


 やはり若い声だ。

 身長は顔を見上げるくらい。特別大きくはない。

 その代わりに筋肉質で、腕も胴も、そこに転がっている丸太と比べてもいい勝負だ。

 もう一つ。もじゃもじゃのひげに隠された表情。今笑っているかすら分からない。

 表情が読めない相手も、苦手だ。


 男は補足してから、何も言わない。

 代わりに、ひげの両端を数センチ上げた。


 初対面の時、することは大体決まっている。

 大きく息を吸ってから。


「本日調査に派遣されました、ユラ・クレムです」

「これは、どうも。トームです。ご案内しますよ」


 ひげの奥から聞こえる声は、柔らかかった。

 ユラが持っていた荷物をひょいと持ち上げると、どこかへ歩き出した。

 荷物を取り上げられた。彼はどんどん遠くなっていく。

 ユラは置いていかれないように小走りした。

 村の中には浅い水たまりがいくつもできていた。一段色のトーンが落ちた空が写っている。

 道のわきには、流れ着いた木の枝が積まれていた。

 トームが振り返る。


「村長から話は聞いています。なんでも、不思議な噂を聞きつけては飛び回っているとか」


 私はそんな風に紹介されたのか。

 調査員という仕事は、どうも物好きと混同される。


「いえ、仕事上、結果的に、不本意ながらそうなっている訳でして」

「ですよねぇ。自主的にこんなところまで来ませんよね」


 分かっているなら変人のように言わないでほしい。


「……あの、どこに向かっているんでしょうか」

「ああ、言っていませんでしたね、僕の家です。良ければ、休んでいかれませんか」


 ご迷惑でなければ、と彼は付け足す。

 すぐ調査に入りたかったが、休みたい気持ちの方が大きかった。

 素直に、主語を省略する男についていくことにした。


「お邪魔しまーす」

「あら、こんにちは」


 トームの自宅の玄関をくぐると、小柄な女性が迎えてくれた。


「僕の妻です」


 トームの声がはっきりと高く、柔らかくなる。

 女性は顔に皺ひとつなく、子供のような笑顔を湛えている。

 私と同年代くらいか。


「ほら、こんにちは、して」


 女性は、下を向いて話しかける。

 三歳くらいの子供が女性の足元にしがみついている。

 女性が履いているズボンは、掴まれすぎて皺だらけだ。

 子供は私に熱視線を送ってくる。

 まじまじとした視線にいたたまれなくなって、私は眉間にしわが寄った笑顔を返してしまった。


「ユラさん、でしたよね。お話聞いてみたかったんです。こちらへどうぞ」


 通されたリビングは、大きな柱が中央に立っている以外、遮蔽物は無い。

 椅子をすすめられる。足から力が抜けて、ドカッと音を立てて座ってしまった。

 広いテーブル、台所。大きなソファ。

 子供が走り回っても窮屈でないくらい広い。

 のびのびとしていて羨ましい。

 ――将来は田舎に住むのもありだな。

 ぼーっとしたのもつかの間。

 女性は先ほど私が感心したばかりのテーブルに、茶葉とカップを持ってきた。

 トームは子供を抱きかかえて、広い空間になっているところに連れて行った。



 女性は動きながら、街の流行りはなんだとか、うちの旦那がかわいいとか。

 町の入り口で見た川のように怒涛の勢いで話し続ける。

 ただ、喋っているだけではない。

 いつの間にかお茶どころかお菓子まで出てきている。


「へえ、都会の方から来られたんですね」

「本部がそこにあるもので」

「ユラさんは、ちょうさいん、さん?」

「はい、各地の不可解な物事を調べています」


 いよいよ本題に入れそうだ。

 次の質問を投げられる前に、先手を打つ。


「私は、“龍”について調査に来ました」


 静寂。暖炉の木が弾ける。

 女性は「う」の口をしたまま固まった。

 お茶を一口すすり、テーブルに置く。咳を一つすると。女性は話し始めた。


「だから家に来たのね。“龍”。気になりますよね」

「やはり、いるのでしょうか」


 質問投げかけると、彼女は言葉を詰まらせた。

 困り顔になって、親指と人差し指を顎のラインに沿わせ、うーんと言って答えた。


「いるというより、“いるかも”ですかね」

「いるかも?」

「見たことないんです、“龍”。嫁に来てから一度も」

「いや、僕はいるとしか思えません」


 子供をおなかに乗せて寝そべったトームがその場で会話に加わる。


「何故、そう言えるんでしょうか」

「ここでは、家畜が龍に襲われるんです」


 ――実害が出ているのに、なぜ推測なんだろう。


「そのものを見たことは?」

「……ありませんが、子供は見たようです。リン、お話しできる?」


 起き上がったトームに、子供が両脇を抱えられて立たされた。

 ユラは立ち上がって、子供の前でしゃがむ。


「どんな感じだったの?」

「へび……」

「おっきかった?」


 頷く。


「とんでた」

「他には、どうだったかな。色は?」


 子供は家の中を見回すと、一本のマフラーを持ってきて、私の手に押し付けた。

 苔むしたような、枯れた緑色。


「顔は、見た?」


 首を振る。


「そうなんだ! ありがとう」


 ――子供の証言。報告書に書くかは悩むな。

 保留。ひとまず、メモにはそう残した。


 トームが子供の頭を撫でる。

 手が大きすぎて、頭の半分を覆ってしまっている。


「……丁度昨日、龍に家畜を一体やられました」


 報告書通りの日時だ。前回の出現から丁度一年。運も味方してくれたらしい。


「それはどこで」

「東の放牧地です。ご案内しましょうか」

「ぜひ、お願いします」

「じゃあ、行ってくるよー」


 トームは女性が座っていた場所に向かって声を掛ける。

 女性は、玄関の方から姿を現した。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 ハグをする女性の腕は、トームの胴に回りきっていなかった。

 玄関に脱いでおいた、冷たく、重くなっていたはずの靴は、ブラシの形に汚れが落とされていた。

 女性のトームに向けられる優しさが、この靴を少し綺麗にしてくれたのかもしれない。

 私はノブを握ると、勢いをつけて扉を開いた。

 玄関の前には、水たまりが待ち受けていた。私は足を突っ込んだ。


 玄関を出ると、トームは水害について語り始めた。


「雨、すごかったんですよ。それで、家が少し浸水しまして。この周辺は水はけが良いので、滅多にこんなことにはならないんですけどね」


 ユラは周辺を見渡す。


「確かに、ここだけ窪地なんですね」

「はい。どうしてこんなところに家を建てたんだか」


 ひい爺さんに問い詰めたい。と彼は言った。


「代々受け継いだ家なんですね」

「龍が来る度、困ってます」

「水害と関係が?」

「ああ、龍は水の神様ですから。大雨を連れてくるんです」

「そう解釈されているのですね」

「でも、現にこうなってますから。疑う方が難しいです」


 彼の家には、くるぶしの高さまで水が迫ったことを示す線がついていた。

 家より位置に立っている離れの倉庫を覗くと、床の石に泥の筋が残っていた。

 トームは足早に現場へと向かおうとする。私のペースなどお構いなしだ。

 東へ丘を登っていくと、小刻みに波立ってチラチラと太陽の光を反射する湖が広がっていた。北側には森が広がっている。

 光が私の網膜に点を打っていった。


「だいぶ増水してますね」


 トームは腕を組み、フーっと鼻でため息をつく。


「湖の方、見て来てもいいですか」

「通り道ですから。行きましょうか」


 湖に近づくにつれ、異変がはっきり見えてくる。

 周辺には、桟橋も小屋も無かった。

 淵には水没した木の頭が見えている。

 ほとんどが枯れ木で、昨日水没したであろう葉がついているものは、数本見えているだけだ。


「一度増水すると、なかなか引かないんです。龍が入った分、嵩が増えると言われています」

「水が引くまでどのくらいですか」

「大体、半年から一年です」


 ――一年。最速の出現周期とは一致する。


「そういえば、一年くらい前にも来ましたよ」

「えーと、私の前任者のことですね」

「ええ。その時は、バサさんのお宅でおもてなししたみたいです。その時も、“龍”を探していたみたいです」

「あれ、村長さんが迎えに来たわけではないんですね」

「高齢なので、色々と村民に任せているんです」


 後で村長とお話しできますか。と尋ねると、喜ぶと思います。と返ってきた。

 木と木のぶつかり合う音がする。

 音の方向、遠くに村人。脇にはロープと木材を抱えている。見ると、杭を打ち込んでいる。

 彼の近くの柵は柱が三、四本並んで倒れていた。


「放牧地の柵が壊れたんです。みんなで修理するんですよ」


 トームは手を振る。親指大に見える人影も手を振り返した。


「村のみんなに、ユラさんが来ることは伝わってるんです。挨拶していきましょう」

「あの、一つ聞いてもいいですか」


 トームは大きく頷く。しかし、話も聞かずに既に歩き始めていた。


「目的地には、近づいているんですよね?」


 後頭部を引っ張られたみたいに足を止める。


「おっと、そうでした。でも大丈夫。こっちであってますから」


 本格的に手綱を握らないと危険かもしれない。

 私は先陣を切って、遠くの住民に近づいていった。


「こんにちは。ユラ・クレムです」

「こんにちは、忙しいんであまりお相手できませんけど、よかったら」


 その男は、バサと名乗った。

 バサと言えば、前年に調査員の面倒を見てくれた人だ。

 トームほどではないが、彼も筋骨隆々といった様相である。

 ひげは綺麗に剃ってあった。


「では、単刀直入に。柵は、壊れるものですか」


 彼は笑って、答えた。


「牛に寄っかかられて、簡単に傾きます」

「風雨では」

「いやあ、難しいでしょうな」


 バサは作業を見せてくれた。

 木材は地面に深く打ち付けられ、私が持ち上げようとしても抜けなかった。

 蹴ってもいいかと確認して蹴り飛ばした。足がしびれるだけだった。


「なるほど、合点がいきました」

「あんた、面白いね。去年の人はそこまでやらなかったよ」


 それは前任者が職務放棄していただけの事だ。

 私は仕事熱心なだけ。

 断じて変人ではない。


「面白いついでに、向こうの木を見て来てごらん」


 バサが柵に寄りかかり、私の方を向いたまま後ろに手を向ける。

 指さす方には、表面が縦に引き裂かれたような木が立っていた。


「なんですか、あれ」

「落雷だよ。木に落ちるとああなる」

「ほう」


 それじゃ、と言い残すと、彼は木材を抱えて次の修理に向かっていった。

 私の足は珍しい状態の木に引っ張られていった。

 爪にできたささくれを引っ張って作ったみたいな縦割き。

 それが地面ギリギリまで続いている。

 または、巨大生物の爪痕のように見えなくもない。


「“龍”の爪痕だったりしませんか」

「おお、見えますね」


 いや、やっぱりないだろう。

 本当に爪痕だったら、地面まで削れているはず。

 昨日の大雨に痕跡を消されていなければ、の話だが。

 トームの顔にハエが止まる。彼は顔を振って払った。


「さて、ここまで歩けばすぐそこです。被害を受けた側が言うのもなんですが、人を襲わないだけマシと思っています」


 頭上に鴉が飛んでいる。生暖かい風。気流は腐臭を運んできた。

 トームの言葉は、牛を見た瞬間実感となった。

 牛は、平野のど真ん中で横向きに倒れ、腹を抉り殺されていた。

 目を見開いて死んでいる。舌は地面に向かって力なく垂れさがっている。フンが肛門から漏れている。


「……今から、これを片づけるんですよ」


 私は牛の前に座り、目を閉じた。

 信じている宗教が無い時、死者を弔う作法が無い時、きっと誰しもが同じことをするだろう。

 邪念だ。こんな時でさえ、私は自分の客観視を止められない。


「……調べても?」


 トームはゆっくりと頷いた。ひげの両端は下がっていた。

 死体の傷口は、犬ほどの口に細かく引き裂かれたように見える。


「このあたり、肉食動物は出ますか」

「熊が迷い込むことはあります。珍しいですが。でも、牛を襲うほど強いやつはいないと思いますよ」


 確かに、狩りの様子にしてはおかしなことがある。

 頸部に一つも傷が無いのだ。肉食獣は獲物をしとめるときに首を狙う。

 熊とて、そのセオリーから外れることは考えにくい。

 死因は何だろうか。

 一つ、毒殺、屠畜。トームを含む村人たちが嘘をついている。牛を殺した後、肉食獣たちが捕食の跡を残した。

 これは無いだろう。牛を殺すほどの毒を摂食して無事である道理が無い。腹を狙って屠畜する方法も、牛が暴れて危険だ。

 二つ、肉食獣。腹を狙って致命傷を負わせた特殊ケース。

 三つ、“龍”。しかし、今までに得た証言は、どれも“龍”を直接的に証明しない。

 四つ、原因不明の急死。

 いや、その前に確認しなければならないことがある。


「……そういえば、家畜が襲われない対策とか、なされないんですか」

「していますよ。大雨の前は、そもそも牛舎から出さないんです」


 一頭で勝手に脱走した。


「牛舎。どこにあるんでしょうか」

「ここに来る前に通りかかりましたよ。湖の側です」

「は?」


 振り返る。湖は数キロ先に見えていた。


「確認ですが、牛は雨宿りしますよね。湖の近くに森があったはずです」


 森があれば、そこへ隠れる。ここは平野だ。なぜ気づかなかった。

 ここに死体があるのは不自然だ。

 ――“龍”ならば説明できる。巨大生物がここまで引きずった。しかし、そのものは見えない。


 本当に、いる、のか?

(いるというより、“いるかも”ですかね)

 私は女性の言葉を思い出していた。


 〇


「もう帰っちゃうんですか」


 トーム宅に戻ると、女性は声を高くして私を引き留めようと、手を握ってきた。


「ここは人が少ないから、ユラさんがいるだけでも賑やかさが全然違うんです。もう少し休んでいかれませんか」

「すみません、次の調査がありますから。……これは秘密なんですが、数か月後に追加調査を予定しています。その時はまたお願いできますか」


 女性は眉をあげて、口角も上がって、やっぱり子供みたいな笑顔で笑った。


「それじゃあ、これを持って行ってください。この村の特産みたいなものです」


 その、特産みたいなものは、草を編んだただのひものようなものだった。

 三つ編みかとも思ったが、偶に別のパターンが混じる。そして、片方の端は膨らんでいる。

 下から上に、上から下に眺めるだけで予想が裏切られて面白い。

 もしかして。


「……“龍”ですか」


 女性は口を押えて少し天井を仰いだ。


「うふふ、違います。なんでもそれにつながっている訳じゃないんですよ」


 そうだろうか。無意識にバイアスがかかっている事もあるのではないだろうか。

 私は鞄を開けると、悩んだが、成果物と私物の内、私物の方に分けた。


「“龍”、見つかりましたか」

「うーん、“いるかも”止まりでした」

「ですよねぇ」


 その受け答えには聞き覚えがあった。

 トームが私を家に連れて行ったときに行った台詞だった。

 この家にしかない慣用句。

 子供も、そのうち「ですよねぇ」と言い出すのだろう。


 私は一礼すると、その村を後にした。

 荒れ狂っていた川には、舟が出されていた。

 村人が一時的に渡し守をするのだという。舟の上から、丘を眺める。

 来た時には気が付かなかったが、川の向こうに広がっているのは牧草地だった。

 短く刈り取られた草が風になびくことは無かった。



 ○○村の龍に関する調査報告書(一部抜粋)


 ・降水について

 ○○村では、“龍”に関連する現象群の発生直前に、大規模な降水が発生する。

 焼け焦げた倒木を確認できたことから、雷を伴う雨であった可能性が高い。

 村では“龍”が降水の原因とされている。


 ・川の増水について

 増水の影響により、村に続く橋が流失した。

 後日追加調査に向かったところ、村人による簡易的な橋の再建が完了していた。

 数年に一度の頻度で龍害が発生するため、橋の建設ノウハウが蓄積されているようだ。

 強固な橋を作る気はないのかと質問したところ、地盤の問題で不可能だという回答だった。


 ・△湖について

 ○○村の中央に位置する△湖で、著しい増水が見られた。

 湖に龍が侵入したことによる増水と説明されているが、降水量から十分説明可能な範囲である。

 トームによると、湖の水位が降水前の高さに戻るには半年から一年の時間を要する。

 補足 一年後の追加調査により、水位がもとに戻ったと判断された。“龍”の出現は確認されなかった。


 ・放牧地で発見された家畜の死骸について

 村の東に位置する放牧地で、トームが所有する牛の死骸が発見された。

 発見位置は牛舎から約二キロメートル離れた、拓けた平地である。

 当日は豪雨であり、放牧は行われていなかった。

 柵の破損は無く、牛の脱走はなかったと考えられる。


 状態は以下のとおりである。

 右体側を下にして倒れている。

 胸部から腹部にかけての咬み傷。致命傷と思われる。

 内臓が露出しており、少なくとも腹部、胸骨、肋軟骨の一部、第四胃、腎臓の一部が無くなっている。

 その他外傷は確認できなかった。


 △湖周辺の木に、熊のものとみられる爪痕が発見された。

 また、△湖近くの森から昆虫を含むフンが見つかっている。

 周辺の森に熊が生息している事が示唆される。


 但し、死骸の発見位置、骨の欠損状況については、肉食獣の可能性に拘らない更なる調査が必要である。


 ・○○村における“龍”について

 ○○村の住民に追加の聞き込み調査を行った。

 村長ケイル氏によると、“龍”を対象とする信仰は過去数十年にわたって存在しないようだ。

 独自の実地調査においても、村の中に“龍”を示すシンボル、宗教的文書等は確認されなかった。


 “龍”の存在を積極的に支持、否定する証拠は見つからなかった。




 四月二十六日(水曜日)


 今日は人形市に来ている。しばらく滞在するつもりだ。

 色とりどりの人形たちが目に楽しい。

 買って帰ることが容易に想像できる。


 そういえば、嬉しいニュースがあった。

 ○○村の龍が居なくなったという噂だ。

 調査から五年。あれから一度も姿を見せていないらしい。

 トームはどうしてるだろう。子供の成長も見たい。

 今度ここの人形をお土産に顔を見せに行こう。

ナニコレ?でも続きがなんか気になる……

と思ったらこの作品は成功です。

第二話は一か月後くらいに予定します。

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