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可動域  作者: noriduke
2/8

2. 誤算

翌日は土曜で、朝から長い練習日だった。


昨日見たものが、まだ目の奥にあった。


星莉は少し早めに来ていた。

第二体育館の入口で上履きに履き替えている。まだ制服のままで、髪も結ぶ前だった。


ハルカは手を上げかけてから、「おはよ」と声をかけた。


「おはようございます」


返事は丁寧で、短かった。


この日は二年と三年の位置を細かく合わせる日で、いつもより全体の目が増えていた。誰かの視線が常に横切り、少しの遅れやズレが目につきやすい。星莉にはあまり向かない日だろうと、ハルカはなんとなく思った。


実際、その予感は当たった。


星莉は覚えるのが早い。

移動のラインもきれいだし、足ももつれない。けれど、全員で鏡に向かった瞬間だけ、呼吸の通り道が少し狭くなる。腕が行けるところまで行く前に、手前で帰ってくる。


休憩で水を飲んでいるとき、二年の真帆が小声で言った。


「星莉ちゃん、うまいですよね」


「うん、基礎あるよね」


「でもなんか、昨日より小さくなってないです?」


真帆にもわかるくらいには出ていたのか、とハルカは思った。


午後の最後の通しで、三年の一人が移動のタイミングを少し外した。

列全体が半歩ずれかける。ハルカは左足をひとつ余計に踏み、腕の軌道を変えて正面を合わせた。誰も気づかないくらいの修正だったが、それで全体の見え方は元へ戻った。


曲が終わる。

顧問が「今の一回よかった」と声をかける。ハルカはタオルで首を拭きながら、鏡越しに星莉を見た。星莉は鏡を見ていなかった。


練習が終わり、部員たちが荷物をまとめ始める。

星莉は今日も最後のほうまで残っていた。


「星莉」


呼ぶと、星莉はすぐに振り向いた。


「はい」


「昨日さ」


そこまで言って、ハルカは一度だけ息を吸った。


「一人でやってたときのほうが、ずっと伸びてた」


体育館の空気が薄くなる。


星莉のまばたきが止まる。


「……そうですか」


星莉は数秒、何も言わなかった。

それから、ほとんど抑揚のない声で言った。


「気のせいです」


「いや、気のせいっていうか」


「先輩がそう見たいだけじゃないですか」


ハルカは口を閉じた。


星莉はタオルを鞄にしまい、ファスナーを閉じる。その指の動きは乱れていない。


「失礼します」


背筋をまっすぐに保ったまま、星莉は体育館の扉のほうへ歩いていく。


扉が閉まる音のあと、ハルカはしばらくその場から動けなかった。

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