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06. 不運な同期 セドリック(上)

 か細いツテをたどって、王宮で勤める事ができたのはセドリックにとって人生で最大の幸運だった。配属された部署は昇進とは無縁の部署であったが、片田舎が領地の男爵家の末っ子であるセドリックにはそれ以上の望みは無かった。

 父をはじめ、家族は両手を挙げてセドリックの就職を祝ってくれたし、このままどこかの男爵家か商家の女性と結婚して慎ましやかに王都で暮らせれば何の不満もなかった。


「仕事には慣れましたか」


 同じように下級貴族で、そして同じように経済的に不遇な同期、マリー・ラトリッジが時折様子を見に来てくれる。貴族でありながら制服を利用している同期は他になく、何となく仲間意識を持っている。


「まだまだですかね」


 仲間意識といっても、マリーの方は良くできる女性と評判で、加えて出自に関わらず仕事ではフラットな対応をしてくれると平民の同僚からの評判は非常に高い。また、貴族の方も失礼が無い、弁えているとこちらもまた評判である。

 母の教育の賜物とマリーは穏やかに笑うが、下級の貴族でも長男以外にまできっちりと教育を施すのは経済的にゆとりがあるか、または意識が高いかのどちらかだ。セドリックは兄が優しく、彼が学んだことを教えてくれたから学がついた。


「じゃあ、また後で」


 帰り際に、都合が合えば人目のある店でお茶をしている。主な話題は愚痴や、互いに見知った情報の共有である。重要な仕事を任されている訳では無いので、情報漏洩なんかを気にするような中身ではない。

 いわゆる“お付き合い”かと問われることもあるが、互いにそんな雰囲気ではないのは分かっている。彼女の頭の中は家の経済状況ばかりだし、自分の好みももう少し中身が男勝りではない女性である。

 いつもどおり少し話して、寮に帰る。人に話そうと頭の中で整理すると、こんがらがっていた部分がクリアになる気がする。マリーも同様だと嬉しいが、はたしてどうだろうか。


「セドリック、手紙だよ」


 恰幅の良い寮母が、玄関を通り抜けようとするセドリックを阻んだ。


「母かな」


「さて、お家からだろうけどね」


 からからと笑いながら渡された封筒には、見慣れた父の字が並んでいる。


(父から……か?)


 セドリックは妙だなと思いつつ、受け取って部屋に入った。いつもどおり部屋の中は雑然としており、見慣れた光景のはずなのに手紙のせいで何か落ち着かない。

 荷物を置いて、すぐに封筒を開けた。祖母か、それとも母か、はたまた兄弟に何かあったのだろうか。


『事業の展開が思わしくない』


 父の手紙の書き出しがぶっきらぼうすぎて、不慣れさを感じて内容に反して少し笑ってしまう。

 それは最初から知っている、と思いつつ、不景気な書き出しで始まる父からの手紙を読み進めて、セドリックは言葉を失った。


(思わしくないというレベルを超えているだろう)


 内容をまとめると、今まで好調だった生糸の売れ行きが悪化し、値崩れを起こしかけている。領地の主産業が生糸の生産であるため、他の売り先を探すが良い返事は得られていない。収入が確約されている王宮の仕事は絶対に辞めるな。生糸に劣るものの、販売額が多い柑橘のおかげで領地はなんとか持ちこたえているが、今後どうなるか不透明だ、と。

 翌日からも仕事は続くが、集中できずに凡ミスが続いた。見かねた先輩が気を遣ってその日の分担を多めに持ってくれたし、何なら業後に食事に誘ってくれた。


「あの子に振られたのか?」


 開口一番に出た言葉はがそれだったので、残念ながら彼の期待には添えそうにない。申し訳ないと思いつつ、セドリックは抱えきれずにいる重荷をどうにかしたくて、正直に状況を伝えた。


「それは……うん、まあ……」


 先輩は言葉に詰まっている。まあそうなるよな、と思う。


「でも、おかしくありませんか。

 セドリックはエンフィールド男爵家ですよね?

 そこの生糸なら良質で有名では」


 商家出身の先輩が、首を傾げる。


「それが売れないから困ってるんですよ」


 そんな愚痴を吐いて、当然解決策もなく、まあ明日からは頑張れよと誘ってくれた先輩は家に帰っていった。寮に向かって歩きながら、人が減ったところで並んで歩いていた同僚が口を開いた。


「大きな声では言えませんが、何らかの圧力でしょう。

 そういう相談はたまに来ます」


 彼は小声で呟いた。


「圧力」


「別の筋を引き当てるまで頑張るしかありません。

 最初は疑われますけれど、良心的な所ならば買い叩くようなことはしないはずです」


 先輩はその後寮につくまで、当たり障りのない話しかしてくれなかった。

 その助言を元に、セドリックは王都でいくつか調べ物をした。結果は上々で、いくつかの地域で生糸の生産に乗り出し、既に一部販売を開始したらしい。

 エンフィールドが取引しているしている商会は、少し値が低いそちらの生糸を仕入れることにしたらしく、そのせいで実家は苦戦を強いられているようだということは分かった。貴族向けの高品質な製品の売れ行きだけは横ばいであることも、調査結果を裏付けているように思われる。


(必要なのは貴族向けの希少価値の高い製品の開発と、今までの所とはお仲間ではない商会を探り当てること)


 兄らの顔を思い浮かべて、セドリックは自分に適しているのは前者だと確信した。

 一身上の都合で職場を辞すことにして、世話になった同僚らと、同期のマリーには事情を伝えた。皆同情的で、何か分かれば知らせると言ってくれた。

 そこから、セドリックの毎日は苦難の連続だった。家族の誰より向いているとは思えども、セドリックは専門家ではない。生糸に関する研究書を読みあさり、試験し、そして失敗する事が続いた。

 光明が見えてきたのは、同僚が言ってくれた別の筋の商会と繋がれた2年目あたりである。あと1年遅れていたら、財政悪化により爵位と領地の返還を求められていただろう。

 さらに、開発に領民の協力があった事も大きい。一人で試行錯誤するのは心折れそうだったが、作業員らも手当たり次第に試してくれたおかげで、生糸に黄みがかった独特の光沢を出すことができた。

 最初は劣化して黄ばんでいると言われたが、更に発色をよくするために試行錯誤した。最終的には金糸より柔らかで、品のある光沢と評価してもらえるようになった。一級品を貴族向け、二級品でも高級品として売ることができるようになったころ、バロウズ家の令嬢が視察を申し込んできた。


「紹介状の名前がほら、お前の言ってた同期の方じゃないか?」


 兄が言うので見てみると、懐かしいマリー・ラトリッジのサインがあった。

 視察を受け入れる旨の返事を出すと、バロウズ家からは当主代理のアンドレア嬢が返事とあまり変わらない速さでやってきた。


「素晴らしいわ、黄金生糸以外の生糸も卸していただきたいくらい」


 黄金生糸の製法は秘密だが、アンドレア嬢はそれでも構わないと普通の生糸の工場も見て回り、バロウズ伯爵の代理としてエンフィールドとの生糸の売買契約を取り交わしてくれた。服飾のバロウズ家との契約は、エンフィールドの生糸の質が認められた証のようで、開発部署の全員が喜びに沸いた。


「エンフィールドの生糸を評価していただき、ありがとうございます。

 紹介してくれたマリーにも礼を言わないと」


 契約締結を祝う食事会のあと、サロンでアンドレア嬢に話しかけられたセドリックは、彼女と彼女の友人を持ち上げるつもりでそう言った。それが何に障ったのか、アンドレア嬢の顔が曇った。


「御兄弟がたくさんいらしたから迷っておりましたけれど、貴方がマリーの同期だった方ね」


「はい。

 出来はマリーと比べられないくらい悪かったですが、随分と世話になりました。

 今もですが」


 照れ隠しに首筋を撫でるが、アンドレア嬢は淑女にあるまじき検分するような目でセドリックを見る。


「何か付いてますか」


「いえ、マリーから貴方のことは伺っておりましたけれど、思ったような方ではなくて」


 彼女の率直な言いように苦笑する。


「教養があれば、と何度も言われましたね」


 セドリックはアンドレア嬢から視線を外したが、その先の窓に映った自分の姿を見てげんなりした。

 黄金生糸のような、柔らかな色味の金髪に、新緑を思わせるライトグリーンの瞳。エンフィールドの家ではありふれたこの色味は、貴族女性の受けが良い。顔も美人の母から強く受け継いだおかげで、可愛らしいとか優しげとか、男としては微妙な評価を受ける事が多く、セドリックはあまり自分を好きではない。


「そのお人柄で掴んだ幸運もございますでしょう」


 アンドレア嬢の予想外に好意的な言葉に、少し慰められる。


「そうですね、領民には恵まれました」


 セドリックの答えに、アンドレア嬢は満足げに頷く。

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