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04. 幸せな令嬢 マリー(4)

 バロウズ家主催のガーデンパーティーに、マリーは流行のデザインの、高級な生地で作られたドレスを身に着けて出席していた。ガーデンパーティーなのでアクセサリーの類もうるさくないのがありがたい。


「綺麗ね、マリー。

 このタイプのドレスが似合うと前から思ってたの!」


 やや興奮気味のアンドレアは、使用されているレースの繊細さについて早口に語っている。マリーを前にして、つい完璧なご令嬢の仮面が剥がれている。隣に立つ彼女の夫は、そんな妻をニコニコと眺めている。おそらく政略結婚ではあるが、仲の良い夫婦になるのかもしれない。


「それに、イーストン伯爵のエスコートだなんて!

 マリーがいつもお世話になっておりますわ」


 アンドレアの礼に、イーストン伯爵は外面の良い麗しの笑顔で対応した。


「バロウズ伯爵とは今まであまりお付き合いはありませんでしたが、お近づきになる良いきっかけになればと」


 そんな普通の対応をするイーストン伯爵だが、アンドレアが褒め称えるレースをタイやチーフにあしらった、明らかなカップル衣装でマリーの隣に立っている。

 迎えの際にハンカチは5枚ほど納品し、そのうちの1枚が彼の上着に格納されている。残りの4枚は馬車の中にあるはずだ。

 納品してからの伯爵は目に見えて上機嫌で、そんなハンカチ程度で喜んでもらえるような恩を感じてもらえるような事はあったかしら、とマリーは考えたがやはり思い出せなかった。


「最近売り出しておられるイーストン伯爵の領地の染料ですけれど、バロウズの扱う商品に使えたらと父もずっと期待しておりましたの。

 挨拶まわりが終わりましたら、お連れしたいのですが」


「よろしくお願いします」


 そこからアンドレアと伯爵が染料の話に入った所で、アンドレアの夫と目が合った。非常に背の高い、穏やかそうな人物である。


「マリー嬢、刺繍のクロスをありがとうございます。

 幸運のモチーフも、妻が好む花々も、美しい仕上がりでした。

 彼女が子どものように喜ぶ姿が見られたので感謝しています」


「気に入ってもらえたのなら幸いです。

 アンドレアはお家のこともあって、本当に好きな物は後回しにしがちなので」


 今も、流行りの織柄のついた生地のドレスを身に着けているが、別に好みではないだろう。好きな恰好をしていたことは無いのではないかと思われるほどだ。


「……そのようですね。

 家くらいは好きな物で囲んであげたいです」


「まあ、素敵」


 そんな雑談をしているうちに染料の話は終わったようで、アンドレアは夫のリードとみせかけて、自分でずんずんと次の取引先へと向かっていった。


「盛り上がっていましたね」


 伯爵のエスコートで庭を散策しながら、マリーは先程の会話を思い出して心が暖かくなった。


「アンドレアはお優しい旦那様を見つけたようです」


 なんとなく伯爵を見上げると、少し不服そうな顔をしていた。


「ああいう方がお好きで」


 えらく下世話な質問にぎょっとする。


「友人の旦那様ですから、そういう考えは持ち合わせておりませんでしたが」


 マリーもそのうち結婚するかもしれないが、裕福な家の後妻であるとかであると予想され、アンドレアのようなキラキラした幸せとは違う形になるだろう。もしそうなったとしても、アンドレアの後釜だけは彼女の笑顔を考えるとお断りである。


「……すまない、いや、貴女が好意的だったので気が気ではなくて」


 パーティーの飾り付けが施されたガゼボに入る。飾り付けからこちらもパーティー会場の一部と思われるが、あまり人の気配はない。


(流れが悪いな)


 マリーは伯爵の決意を固めたような顔を前に、この先に続く会話がなんとなく予想できた。


「アンドレア嬢の幸せそうな御姿を拝見して、やはり政略のみで結婚は致しかねると強く感じました。

 マリー・ラトリッジ様。

 私にとって貴女は初めてお会いしたときから変わらず憧れの女性です。

 どうか、私の妻になっていただけませんか」


 何故私に、という思いが強い。伯爵がこれからの地位を盤石にするには、エリザ嬢のような家格の高い妻が必要である。ただでさえ彼の庶子という出自を馬鹿にする輩も多いのだから。


「……イーストン伯爵は、思い出を美化しておられるのだわ」


 その答えこそが互いに正解のはずだ。マリーにとっても、イーストン伯爵夫人という肩書は重荷である。


「今の貴女を目の前にして、昔の自分の目の確かさを再確認しているところです。

 お家の負債はイーストンの力があれば目処も立つでしょう。

 ご家族にとっても、特にフレア嬢には悪い話ではないはずです」


 伯爵は指を折りながら課題を数える。


「私は庶子ですが、貴女は歴史あるラトリッジの娘です。

 これはイーストンにとっても良い話なのです。

 それに何より、私は貴女を愛している。

 他の誰よりも貴女を幸せにする自信がある」


 少し紅潮した頬も、まっすぐな視線も、婚約解消の際に諦めたものだ。一度すっぱり諦めたはずなのに、提示されると魅力的なものに思われる。

 それとはまた別に、おかしな話ではないか、と頭の中の自分が警鐘を鳴らす。いくら思い出そうとしても、伯爵のような目立つ見た目の子どもなど思い当たる人物はいない。


「御冗談は……」


「ずっとお慕いしてきて、こうして再会することができた。

 目の前にその方がいるのに、諦めたくないという思いを新たにしたところです」


 望まれて嫁ぐことができるのだろうか、本当に。

 マリーが返答できずにいると、伯爵は「お返事はまた後日にでも」と煮えきらない態度を許してくれた。

 それからしばらくガゼボの周囲に配置された花々について話した後、アンドレアがバロウズ伯爵を伴ってやってきた。バロウズ家側にとっても思ってもみない幸運であったらしく、アンドレアの結婚を祝う会話もそこそこに商談に入る。


「イーストン伯爵がお話の分かる方で良かった」


 細かい話までは詰めなかったが、バロウズ伯爵としては好感触だったらしく、ほくほく顔で新しいティーセットを運ぶよう指示を出した。


「いえ、自分が役に立つ人間であると、証明したい方がおりますので」


 イーストン伯爵はマリーを横目で見た。それを見たバロウズ伯爵はしたり顔で頷いた。


「ラトリッジ家のマリー嬢とはお目が高い。

 才媛と評判で、娘のアンドレアも親しくさせていただいております」


 今回のイーストン伯爵の出席はマリーが引き寄せたと判断したのか、バロウズ伯爵はいつになくマリーを褒めてくれた。ダレルが大損害を出したときには冷たい態度であっただけに、素直には喜べない。

 パーティーが終わり、アンドレアは拠点設立のために隣国へと旅立った。店舗が軌道にのるまでしばらく隣国の配偶者の実家で滞在するらしい。

 その出発を見送ってすぐ、マリー宛の封書をアンドレア付きの侍女だった女性が持ってきてくれた。


(わざわざ何だろう)


 開いてみると、温暖な気候の隣国へぜひとも遊びに来てほしい、招待するからという気前の良い話とともに、もしイーストン伯爵とお近づきになるならば気をつけろという不穏な話が並んでいた。


(どういう事なの)


 アンドレアからの、後半の忠告はまとめるとこんな感じである。


『ラトリッジ家の没落は、イーストン伯爵のせいかもしれない。

 同期が職を辞して帰った話が怪しい。

 確証はないが、側に居られないのがもどかしい。

 自分はすぐに国外へ出ることが決まっていたから無事なだけかもしれない。

 くれぐれも気をつけて』


 アンドレアにしては歯切れの悪い内容である。

 この手紙を持ってきてくれたのも、長年アンドレアに仕えてきたが、つい最近寿退職したばかりである。


「アンドレア様は非常にマリー様のことを心配しておられました。

 バロウズ家に残っているメイドではなく、私を介した理由は、この手紙をイーストン伯爵に見つからずに渡したい、というご意思からです」


 使者となった女性はそう言って顔を曇らせた。アンドレアはイーストン伯爵を疑っており、逃げるなら自分を頼れと手を差し伸べてくれているようだ。


「十分なお礼はできませんが、感謝いたします」


「いえ、どうかお嬢様のご提案をお心に留めていただけましたら」


 そう言い残して女性は去った。

 

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