16. 幸せな2人の幸せ(?)な結婚(下)
ルーカスはそわそわと非常に落ち着かない気持ちで突っ立っていた。
(なぜ新郎が見れないのか)
マリーの友人であるアンドレア嬢は、なぜかドレス姿のマリーを見せてくれなかった。ヴァージン・ロードで立っている今なおマリーのウエディングドレス姿は見ていない。
そもそも、祖父も悪い。暇にかこつけてマリーを呼び出しては無駄話に花を咲かせている。人質に取るつもりかと思ったが、単純にマリーがお気に入りらしい。
「控えめで、頭の回転が早い。
良い子を捕まえたな」
そんな風に褒めてくれた。人を褒めない祖父だけに、高評価すぎて逆に怖い。
協会のドアが開き、マリーが父のダレルのエスコートで入場した。シンプルなドレスに大ぶりのジュエリーが映える。そして何より、メイドたちが丹精こめて磨き上げたマリー自身が纏う楚々とした雰囲気が、嫌味なくそれらの装飾を調和させている。
正直なところを言うと、ルーカスに式の最中の記憶はあまり無い。マリーの美しさが想定を大きく越えていたためである。
(アンドレア嬢のセンスは悪くない)
ルーカスは自分が一番マリーを飾り立てるセンスがあると信じていたが、アンドレアの能力を見直すべきだ、と少しだけ思ったことは覚えている。
緊張の結婚式を終えて、パーティーに移る。お色直しをしたマリーも、やはり美しい。
「やっぱり、マリーは上品なデザインが似合うわ」
今日のドレスは、全てマリーとアンドレア嬢で選定したものである。控え室に迎えに行くと、アンドレア嬢が腕組みをして、一人でうんうんと何やら納得していた。ただ、ルーカスもアンドレア嬢に同意したい。
夜会に向けて、ジュエリーもそれらしいものに変わっている。植物モチーフで、小さなダイヤをちりばめたデザインは、マリーがカタログで興味を持った物を格段にアップグレードしたものである。
「着慣れないから不安だわ」
マリーはドレスを汚さないか不安に思っているようだが、そんなことよりも笑顔でいてほしい。ドレスは汚したら買い換えれば良い、とすら思っている。
パーティー会場に出て、参加してくれている貴族にあいさつして回る。心底どうでもいいが、役職として致し方ない。
何人かの女性が、明らかにマリーに対抗心を燃やして近づいてきたが、牽制してやるとおとなしく引き下がった。彼女を害することは許さないし、何なら代わりに戦うことも辞さないつもりである。
来客の中には、鷹の刺繍のハンカチを贈ってきたエリザ嬢の父、ウィルズベリー侯爵も居た。遅れてきたのか、ちょうどシャンパンを受け取るところだった。
「ご結婚おめでとうございます、イーストン伯爵」
きっちりと手入れされたひげを撫でながら、大柄な侯爵が会釈した。
「ありがとうございます。
初恋の女性とこうして結婚することができて、望外の幸せです」
ルーカスの返答に、マリーは「まあ」と驚いていた。侯爵は目を細めている。
「ところで、エリザ嬢も辺境伯との結婚が間近とか。
侯爵もこれで領地の心配が一つ減りますね」
「ええ。
エリザも知らぬ相手でら無かったので良かったと言ってくれました。
一番望んでいたのは伯爵の隣でしたが、今日の奥様の溺愛ぶりを見るに、無理に話を進めず良かったと思っておる所です」
それから少しだけ話して次の客のあいさつを受ける。永遠に終わらないのではないかと思えるほどの回数の挨拶を終えて、ルーカスらは控え室に戻った。
ソファに座って水を貰うと、疲れていたのか体が急に重く感じられた。それはマリーも同じだったようで、珍しく背もたれに体重を預けている。
「ワインと軽食をお持ちしましょう。
少し休んでからまた顔を出していただければ」
様子をみかねて、ジョンソンが部屋を出ていく。
「マリーは平気?
疲れたんじゃない?」
ルーカスの問いかけに、マリーは苦笑した。
「疲れておりますが、何とか」
結婚式から上のアレンジも少し変えたマリーはまた違う雰囲気で可愛らしい。
「ルーカス様は」
マリーの口から“伯爵”ではなく、“ルーカス”と名前で呼びかけられるのが嬉しい。
「私も休憩が欲しかったからちょうど良かった。
ジョンソンが戻ってきたら、何か食べられるし頑張れそうだよ」
そう返事するとマリーは「良かった」と笑った。
(幸せすぎて死んでしまいそうだ)
マリーが目の前にいて、それは今日結婚式を上げたルーカスの配偶者で、この日のために用意したドレスを完璧に着こなしている最高に美しい私の極星。
ウエディングドレスはマリーに完璧に似合っていたし、最高の仕上がりだった。どこで作ったのかと何度も聞かれたので、何度もバロウズを紹介した。アンドレア嬢の目論見はばっちりハマっている。エンフィールドの生糸は売れるだろう。アンドレア嬢はエンフィールド産の生糸の価格を上げるとも言っていたので、おそらく上位貴族の間限定で。
ジョンソンが戻ってきて、サンドウィッチや焼き菓子など、つまめる物を持ってきてくれた。とりあえず口に放り込んで、水がわりにワインを飲んで人心地つく。
ふと、じわじわと、今まで考えないようにしてきた疑問が鎌首をもたげた。
(マリーは本当に、私と結婚することを喜んでくれているのだろうか)
貴族で恋愛結婚した夫婦は少数派である。ルーカスばかり浮かれていたが、マリーの心の所在を確かめながらここまで来た訳では無い。
目の前のマリーはサンドウィッチを咀嚼しながら、柑橘のスライス入りの水のグラスを手にして、ルーカスと目が合うとほほ笑んで首をかしげた。
「マリーは、私と結婚して幸せかな?」
問うと、マリーはくすくすと笑い出した。すぐに笑いは止まらず、しばらく笑っている。ちらとジョンソンを見てみたが、表情から感情が読み取れない。
「今更過ぎるご質問ですね。
ええ、私は幸せです。
望まれて妻に迎えられる事は諦めておりましたし、こうして賑やかに祝ってもらえるとは思っておりませんでしたから」
笑いすぎて出てきた涙を、マリーは化粧が崩れないようにハンカチで器用に拭う。
「私を妻に迎えて下さって、ありがとうございます」
「幸せなのであれば、良かった」
自分でも情けない声が出たと思ったが、本心からである。憧れの、初恋の、今はルーカスの妻となったマリー。
「きっと、これからもずっと幸せにする」
「嬉しいお言葉です。
私も、微力ながらルーカス様のお力になれるよう尽力いたします」
視線があって、マリーが微笑みかけてくれて、ルーカスはこれ以上無いほど幸せで、少し泣きそうになってしまった。
「お二人とも、お忘れかもしれませんがまだパーティーは終わっておりませんからね?」
水を差すようなジョンソンの声に、意識が現実に引き戻される。
「そろそろ戻ろうか。
マリーは戻れそう?」
「ご一緒させて下さい」
そう言ってくれたので、立ち上がった彼女の手を取ってエスコートする。ルーカスはふわふわと、浮かれたような気持ちのまま、マリーとともに歩き出したのだった。
これにて完結です。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




