14. 幸せな2人の幸せ(?)な結婚(上)
伯爵からマリーへの求婚をダレルが快諾したので、難攻不落の美貌の伯爵を射止めた才媛マリーというド派手な肩書で社交界に名前を売ることになった。
家族には概ね好評な婚約である。ダレルは両手をあげて喜んでくれたし、伯爵に対する冷めた態度に理解のあったフレアも家のお金に余裕ができたからかニコニコしている。
「俺は、姉さんが出戻ってきても受け入れるから」
少し距離のあった弟だけは、マリーを慮ってそんな風に言ってくれた。優しく育って嬉しい限りである。
しかし、気軽には出戻れない。
ラトリッジは持参金が用意できず、伯爵側がほぼ全て負担することになるし、イーストンの傘下に入ることで受けられた支援は打ち切りになる。それらの問題をクリアできる道筋を見つけられなければ、マリーは妻の立場にしがみつく他無い。
心配してくれていたアンドレアには、婚約した事と、結婚式に招待したい旨を手紙に書いてバロウズの商会の方に託した。返事はすぐに届き、お祝いの言葉と、アンドレアの帰国に合わせて必ず時間を取ってほしいという内容の文章が、いつもよりも急いだ様子の文字で書かれていた。
職場の三人はおめでとうと口では言ってくれたが、視線が生温い。ただ、退役を余儀なくされるような負傷をしても働き続けられる職場のロールモデルとして、評価はうなぎ上りである。もしかするとアシュトン氏とクリフベリー氏は指導役として引っ張られるという噂まである。
マリーの気持ちだけを置き去りにして、万事うまく回っている。
そんな気持ちを察しているのかいないのか、伯爵はマリーをデートに誘ってくれる。植物園だとか、夜会であるとかで、それだけ聞けば幸せな話である。おかげで仕事が休みの日や、夜会の日は準備のために仕事の時間まで圧迫しつつある。
植物園や庭園の散策はまだ良い。他の来場者に話しかける人は、どちらかと余程親しい人だからだ。
夜会は違う。これを機に伯爵にお近づきになろうとする輩が、麗しの伯爵と地味で貧乏なマリーを引き剥がそうとして伯爵の機嫌を損ねるという事故が多発している。とくに、適齢期のご令嬢を抱えるおうちが多い気がする。
「愛する婚約者のお披露目だというのに」
伯爵は憂い顔でため息をつくが、それすら絵になるのが羨ましい。
「やはり、私には荷が重い立場ですから」
伯爵から贈られたドレスは、急いで作ることになったのでどれもプレタポルテに手を加えたものばかりである。どれもゴールドかポイントとして使われていて、光の加減で金色に見える瞳の色を思わせる。伯爵プロデュースの、伯爵の女コーデである。それがご令嬢がたの神経を逆なでるのかもしれない。
「どうかそんなことを仰らないで。
私の妻は、貴女しか考えられません」
伯爵はきっぱりとそう言って、甘やかにほほ笑みかけてくれるが、頼りになるのはこの伯爵だけである。
ドレスの枚数が増えてきたことを理由に、結婚を前にマリーはイーストン伯爵家の客間に引っ越すことになった。それを機に伯爵夫人としての教育も始まるらしい。
さすがに時間が足りないので、仕事は辞めることになった。三人は祝福してくれた。
「貴女かいなくなると、随分仕事が増えます」
ローマス氏はそう言って引き留めてくれたが、申し訳ないがマリーも手一杯である。残りの二人は育ってきているので、今後に期待してほしい。
伯爵家に移ると、きびきびとよく働く使用人たちがマリーのお世話を何から何までしてくれる。昔、家がまだ裕福だった頃、そんな扱いを受けていたような気もするが、ここしばらくは忘れてしまっていた。
執事のジョンソンがマリーの教育係として配置されている。マリーとそう歳もかわらないのに、よく気がつく優秀な執事である。
伯爵はこれ以上ない待遇で迎えてくれている。これで愚痴など言える訳が無い。
(アンドレアの教えてくれた疑惑を思うと、どうもね……)
心に暗い影が差す理由は、やはりあの手紙である。彼女が何の根拠もなく誹謗中傷するような内容の手紙を書く訳が無い。
しばらくして、伯爵が重要な会議と言って気が重そうに出勤した日、余計なことを一切口に出さないジョンソンが珍しく喋った。
「マリー様に是非ともお会いしたいと、さるお方から茶会の招待を受けております」
そう言って差し出したのは、差出人の名前の無い茶会の招待状だった。封もされていないので、差出人のヒントは何もない。
「どなたからでしょうか」
マリーの質問に、ジョンソンはにっこりと笑った。
「伯爵家ゆかりの方、とだけ。
死ぬ前に一度直接お会いしてみたいと」
「伯爵はこの招待をご承知ですか?」
「もちろんです」
もう一度招待状を見てみる。
「伯爵様にはお手紙でお知らせだけしておきましょう。
支度します」
マリーの返事に、ジョンソンは嬉しそうに「承知いたしました」と頭を下げた。
軽装で良いとジョンソンが言うので、伯爵家の御威光が抑え気味のドレスを選んで馬車に乗る。御者はジョンソンで、護衛も数人ついているのが見える。
馬車は市街地を抜けて、郊外にまで出た。少々不安になるが、ジョンソンの「もうすぐですよ」の言葉にそわそわしつつ座り直す。
馬車は郊外の、勢いのある枝ぶりの木々がたくさん生えたお屋敷に入った。ポーチには屋敷の主人らしき人影はない。
「お待ちしておりました。
主は脚が悪く、先に席でお待ちしております」
そう言って、年嵩のメイドが頭を下げた。マリーはそのメイドの案内で屋敷の中を進むと、既に茶会の準備が整えられたテラスに一人の老人が座っていた。
「旦那様、お客様がおつきです」
「ご招待いただきました、マリー・ラトリッジと申します」
老人はちら、とマリーを見て頷いた。メイドはマリーを席に案内し、お茶をいれてくれた。茶器はシンプルだがどれも有名な窯元のもので、裕福な生活を送っていることが分かる。
「急な招待で申し訳ない。
体調の波があって予定を立てるのが難しくてね」
老人はそう言って、皮肉っぽく笑った。
「それから、名前はご容赦願いたい。
ただ、貴女に一度お会いしてみたかったのだ。
年寄りのわがままと許してほしい」
まっすぐにマリーに向けられた瞳の色に、伯爵の血縁者かと思われる。しかし、詮索するのはよろしくないだろう。何せ、伯爵家は先代夫妻、先々代夫妻と皆死亡していると、世間的には公表されている。
「驚きましたが、ええ、承知いたしました。
私でお話相手が務まるのであれば」
老人は頷いた。
そこからは、本当になんでもない話ばかりだった。ラトリッジ家のことや、伯爵家の待遇のこと、伯爵本人のことなどである。別に伯爵やマリーを探るでもなく、ほんとうに世間話の域を出ない。
そうこうしているうちに、玄関の方が騒がしくなった。ばたばたと足音が近づいてきて、勢いよくドアが開いた。
「マリー……!」
伯爵がマリーを見て、落ち着いたのか腹の底からのため息をついた。
「思ったより早かったな、つまらん」
老人は本当につまらなさそうに言う。
「マリーが報せてくれなければ、もっと遅れていましたよ」
「ジョンソンか、悪いやつめ」
「有能な執事です」
老人と伯爵が言い合っているうちに、メイドらが椅子と伯爵用の茶器などを用意していく。伯爵は用意された椅子にどっかりと座って、お茶に口をつけた。
「死人は死人らしくしておいてください」
「もうすぐなのだから、少しくらい待て。
せっかちな孫だ」
やはり前当主かと思ったが、死んでいることになっているがどういうことなのか。マリーは口を出す訳にもいかず、黙って成り行きを見守る。
「その様子では、マリーに説明もしていないのでしょう。
私の祖父です。
諸事情により死亡したことにしていますが」
伯爵は珍しく、渋い顔をしている。それを見てなのか、先々代伯爵は笑った。




