11. 心配性な令嬢 アンドレア(下)
リチャードの口から飛び出したのが、騎士一族の放蕩息子だったので少々面食らう。
「面識は無いけれど」
「彼が失踪した時期とバカ親父が投資に失敗した時期は重なるんですよ。
家族にはラトリッジの名前や投資の話もしていたとか。
うちの失敗の直後、誰かに相談するために出かけてそのままだそうです」
グラットン家にそんな、他者を陥れるような輩はいない。騎士らしく、厳しく正しくあるように自律する当主と、よく躾けられた子らという印象が強い。その中で一人浮いていた、放蕩息子はどんか人物かと記憶を辿って出てきたのは。
「伯爵のシンパが多い会員制のクラブに出入りされていたかしら」
「ですから、姉を厚遇する理由が分からない」
冷水をかけられた気分である。
マリーが近衛隊と関わる前に、何故イーストン伯爵の派閥に目をつけられるのか。しかも、その次男坊はグラットン家から勘当されて行方不明ときている。
(伯爵はラトリッジ家を以前からご存知なの?)
リチャードを帰したあと、アンドレアはウィルズ商会の商品リストを開いた。複数の生糸の生産地として並んでいるのは、伯爵が出入りするサロンの仲間の領地である。
ぞくり、と肌が粟立った。
グラットン家の次男は、家の格も騎士としての格も、イーストン伯爵に近いとは到底言えない。挨拶位で、深い会話したことは無かっただろう。サロンの仲間も、それぞれの判断で生糸の生産を始めたはずで、伯爵が指示を出す立場にはない。
しかし、結果はどうか。ダレルは投資に大失敗したし、仲の良い同期のエンフィールドの末子が帰ってしまったので、マリーの交友関係は絞られてしまったのではないだろうか。
では、以前の投資話はどうだったのか。その頃は自分もマリーも、もちろん伯爵も子供の頃と言っても差し支えのない時期の事もある。調べるにはラトリッジ子爵に話を伺うのが最短のルートだと分かっている。
(イーストン伯爵に嗅ぎ回っているのがバレたら終わりでは)
頭を抱えるしか無い。ただ、状況証拠を集められる範囲で集めて、マリーに注意喚起をしてあげられるくらいしかできない。
しばらくして、エンフィールド産の生糸で、金色に近い生糸が売り出された。バロウズ家にその話を持ち込んできたのはウィルズ商会ではない、まったく別の商会で、アンドレアはすぐさまマリーに紹介状の作成を依頼し、父にも生糸の生産地の変更を提案した。理由を話すと承諾が得られたし、何なら紹介状の手配は褒められた。
現地に赴いてみると、人の良さそうな美しい顔の領主一家が出迎えてくれた。一番若いのがマリーと同僚であったセドリックであろうと思われる。アンドレアを案内する担当でもあるようで、事前に希望を出して置いたとおりに生糸生産の工場を見せてくれた。
セドリックの説明によれば、エンフィールド産の生糸は品質を上げるための努力を続けている。サンプルを触らせてもらったが、貴族向けの商品はこちらで賄うのが上策に思われる。なかでも、黄金生糸はエンフィールドのみの商品で、しかも生糸と同じような加工が可能という貴重品である。通常の生糸と同時に契約することで量を確保したい。アンドレアが動かせる範囲内で、生糸の取引にかかる契約をすぐにでも締結したいと申し出ると、皆喜んでくれた。
「売れ行きは好調だって聞いてたのに、急に取引量を減らすと言われたときはどうなるかと」
作業員の男性らが、目に涙をためて喜ぶ姿を見てしまうと、この契約がバロウズ家の利益だけでなく、エンフィールド領全体の収入に関わる大きな契約であると実感する。
契約書の内容を確認いただいて互いに署名し、エンフィールド家は大急ぎで祝賀のパーティーを開いてくれた。別にそんなもてなしまで求めてはいないが、参加を断ることの方が無粋というものである。
パーティー会場でセドリックにこっそりとイーストン伯爵の事を尋ねてみたが、あまりピンときた様子は無かった。ただ、サロンの仲間で立ち上げた生糸生産のグループについては渋い顔で話を聞いていた。契約書の内容の中でも、独占的な契約とならないことを確認していたので状況はおおむね把握していたものと思われる。
ラトリッジ家関係の話は何の進展もないまま、アンドレアの結婚の話は進んでいく。随分早くからマリー宛に気を遣わないで良いガーデンパーティーの招待状を出していたが、父から非常に残念なお知らせがあった。
「ネヴィル公爵家からのご依頼で、イーストン伯爵の招待状を追加しておいたぞ。
夜会ではなくガーデンパーティーの方だが」
イーストン伯爵がガーデンパーティーに、という理由はもはや一つしか心当たりはない。
「アンドレア、伯爵の想い人があのマリー・ラトリッジだという噂は本当かね」
父の所には社交界で流れる噂くらいしか届いていない様子である。別に商売として最近関係ができたばかりのエンフィールド家にも、ましてやグラットン家にも興味は無いだろう。
「最近噂になっておりますものね。
きっとマリーをエスコートしていらっしゃるでしょうから、商談方々確認なさっては?
イーストン領の染料の話は以前から評判ですものね」
アンドレアの提案に、父は「勿論だ」と満足げに頷いた。イーストン伯爵の来訪に合わせて、ガーデンパーティーの方の料理や装飾の予算を少しだけ上げる。後日、イーストン伯爵と親しいらしいネヴィル公爵からはお礼状と共に結婚を祝う品が届いた。父は大喜びしていた。
式の日が近づくにつれ、アンドレアの自由時間は当然ながら減っていく。リチャードから聞いた話の真偽も確認するには至っていない。時間切れであることを認め、アンドレアは一番信頼のおけるメイドに宛てて一通の手紙を出した。
ガーデンパーティー当日、他の参加者と比べて明らかに異質なほど上質な衣装をまとったマリーがイーストン伯爵のエスコートで現れた。いつもであれば商魂たくましい商家の招待客も、伯爵の麗しいお姿に気おされているのか近づいて行かない。
その伯爵から贈られたらしいマリーのドレスは、流行りの形ではあるものの繊細なレースが美しい、一目でマリーのために誂えられたものと分かるドレスである。今回のパーティーの参加を、伯爵がかなり以前から計画していたことが伺え、アンドレアは何とも言えない気持ちになった。しかし、質としては一級品なので、確実によく分かっていないマリーには上質なものである理由をお伝えしたい。
マリーとの挨拶を終えて、父に声をかけつつ必要な声掛けを全て終える。イーストン伯爵が居ると分かって皆物分かりが良く、挨拶回りはさほど時間もかからず終わったのでマリーの姿を探す。メイドの一人からガゼボに居るという情報を聞きつけて父とともに向かうと、遠目にも明らかに伯爵はマリーに対して愛を囁いている風だった。
「ラトリッジ家にとっては良い話じゃないか、伯爵のお心を射止めたい女性は山ほどいただろうに」
父はマリーが連れて来てくれた大物に浮かれている。さほど親しくなかったネヴィル公爵家ともお近づきになれたので、完全に伯爵の応援団と化している。
(マリーのあの、微妙な顔)
およしになって、と割って入ってやりたいが、アンドレアにはバロウズ家という枷がある。これから父が染料の話を持ち出すのに、マリーをかばいながら割り込むのは馬鹿のすることである。申し訳ないが、今してやれることは何もない。その日、バロウズ伯爵はイーストン伯爵からほどほどに良い契約が結べそうなお返事をいただき、ガーデンパーティーは無事終了したのだった。
無事に形式ばった結婚式も終了し、アンドレアは隣国での拠点設立のために国を離れることになった。マリーともしばらくお別れである。手筈通りいけば、彼女には逃げる糸口を示すことが出来たはずである。手紙がきちんとマリーの手元に届くことを祈った。
アンドレアは隣国に拠点を移し、新婚の花嫁としても、バロウズ家の新規店舗開設の責任者としても忙しくすごしていた。それでもマリーから何か手紙などが届きはしないかと、積極的には何もできなかったが、受け入れる覚悟はずっとしていた。
しかし、待ちに待ったマリーからの手紙には、イーストン伯爵との婚約が正式にまとまったという内容が書かれていたのだった。
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次は麗しの伯爵視点のお話になります。




