7.奇跡の素材は勇気でした
お……い
……い、おきろ……
なんだか遠くから声が聞こえる、霧がかかっているように前がよく見えない
ここはどこだろう
そのまま一歩踏み出すと、水を踏む感触がした
水溜まりか?いや、違う雨だ。
雨が降っている。周りをよく見渡すと見覚えのある景色が見えてきた。ここはあの港だ。
よく見ると人がいる、船乗りかと思ったが違う
あれは俺だ、俺と真白だ!
手をつなぎながら何か話している、伝えなければ今すぐそこから逃げろと!
伝えなければいけない、なのに俺の体は一ミリも動かない。
だめなんだ!そんなところでのんびりしていたら!
あいつが来る!せめて真白の後ろに立て!
動け!動いてくれ!目の前で真白の体から力が抜けていく。
たのむ……
そんな願いも虚しく目の前であの日起きた事が繰り返される。最後には二人で海に飛び込む姿が……
そうして、目の前が真っ暗になりまた何も見えなくなる。
……い……お……い
おき……ろ、おきろ!
耳元で高い大きな声が響き、目を開けると師匠の顔がある。師匠の顔は見たことないほど真っ青になっており冷や汗がでている
「し、しょう?」
ここは……?
「起きたか?!体は大丈夫か?どこか痛むところか変な感覚のところはないか?」
あまりの師匠の剣幕に、ゆっくりと手を動かしてみる
「ゆっくりでいいぞ、少し頭あげれるか?」
そう言われゆっくり頭を上げ下ろすと柔らかい感触を後頭部に感じる、膝枕をされているようだ。
「お前、急に倒れたんだぞ?何かあったのか?倒れている時もずっと苦しそうな声を出していたぞ」
そうか、俺は教会に来ていたんだった。
そこでたしか、文字化けを見てそれで……
そこまで思い出すと胃が収縮し、中のものを出そうとするので咄嗟に抑える。
しかしそれを見た師匠はさらに心配そうな顔をし
「体調が悪いのか?」
と言いながらあわあわとしている。
それをもう少し見ていたい気持ちもあったがあまり心配をかけ続けるのも悪いだろうと思い、立ち上がって
「すいません、もう大丈夫です!さっきのは疲れが溜まっていただけだと思います。ご心配おかけしました!」
そう言って笑顔を見せると師匠も少しは落ち着いたのか顔色もさっきよりかは良くなり
「そうなのか?ほんとに大丈夫か?もう少し休んでもいいんだぞ?」
と言ってくれるがやはりまだ心配のそうな顔をしている
「ほんとに大丈夫です」
暗い顔なんて見せたらまた心配をかけてしまう、それに今はあまりじっと顔を見られたくない
笑顔を維持し師匠の右手を取り
「早く街を見回りましょう」
手を引っ張りながら街を散策するため教会を後にした。
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俺が気を失って倒れていたのはほんの数分程度だったらしく外に出た時まだ日が登っている途中だった。
「何か見たいものはあるか?」
「最初に見た市場のようなところですかね?」
他に何があるか分からないから、とりあえず最初に見たあそこは興味がある
「市場か、それならいいところがある。きっとお前も気に入るぞ」
師匠が手を引きながら前を歩く
きっと俺の心情を何となく察して気遣ってくれているのだろ
ほんとに優しい人だ
その気遣いに水をささないよう気づいてないふりをする
「ところでそこには何があるんですか?」
「それは言ってからのお楽しみだ、きっと驚くぞ?」
しばらく歩くと人通りが増えてきて、道沿いに果物屋や、数種類の野菜を扱った店なんかが露店ででていた
ほんのりとどこからかいい匂いもしてくる。
匂いをおって歩くと肉を串に刺して焼いたもの売っている店もある。
ちょうど昼時なこともありお腹がなる
「ちょっとこの辺で買い食いでもするか」
「いいんですか?」
「だめなもんか、よしそれぞれ色んな店のものをお互いかって買って食べ比べよう」
そう言うやいなや師匠はお金を手渡してどこかに走っていってしまった。
俺もこの辺で色々買ってみるか
そうして色んな料理を二人して両手いっぱいに抱えて歩くことになった。
お互いのその姿を見た時にはさすがに笑ってしまった。
とりあえずどこか座れそうな場所を探していると噴水のある広場についた、そこにはベンチがあったのでとりあえずそこで食事にすることにした
「色々ありましたねぇ」
「そうだろう?いつもはどれを食べようか悩むんだが今日は思い切って食べたいもの全部買ってきた」
アハハ、と笑いながら買ってきたものの中からピザのようなものを頬張っていた
あらかた食べ終え二人でお腹を押えながらベンチに横並びに座りながら風に当たっていると
「なぁ、良ければお前の前世の話聞かせてくれないか?」
そう、しんみりした声で言ってきた。
突然の質問だったが驚きはしなかった
そもそも前世の記憶があると聞いて気にならない人はあまりいないだろう、
それでも今まで聞かれることがなかったのは師匠なりの優しさだったのだろう、いつまでもその優しさに甘えてる訳にも行かない
話せば軽蔑されるかもしれない、嫌われて家を追い出されるかもしれない。もしかしたらこんな悪いやつは初めて見たと衛兵に突き出されるかな。
そんな嫌な想像が膨らむが師匠がそんなことはしないのはもう一緒に生活するうちにわかっていた。
それでも嫌われる可能性があってそれが怖かっただけだ。
勇気を出して話さなければ……
「いいですよ、あまり面白い話ではないですけど」
「まぁ、最終的には死んでこっちに来てるんだから面白くはないだろうな」
「はは、それを抜きにしても、ですよ」
それから風に吹かれながら、1番古い記憶から一度目の人生が終わるまでの話をした。
終盤になるにつれところどころ声を出すことが出来ない時間もあったが、それでも師匠は何も言わずに黙って聞いていた。
それでも話が終わる頃にはいつの間にか夕暮れになっており、夕焼けで良くは見えなかったが師匠の目尻に小さな雫ができている気がした
「正直、今でも魔法の練習で氷が出る度目をつぶる度あの時のことが頭をよぎるんです」
「俺のあの時どうすればよかったのか、何かほかに方法はなかったのか、俺という存在が不幸をばらまく存在だったのではないかって」
生きてちゃいけない人間なんじゃ
頭を落としそんなふうにボヤく俺に向かって師匠は何も言わなかった。
「光魔法だって……あんなに優しい魔法、俺に使えるわけが無いんです。あれが似合うのは俺じゃない」
きっと生まれ変わったのが真白だったら光魔法が得意だったに違いない
その時師匠が何も言わずにベンチに座る俺の前に立ち、なんだと思い師匠の顔を見上げようと上をむくと両方向から思いっきり頬を持たれじっと赤い目をこちらに向ける。
「決めた、本当は冒険者として大きい魔獣と戦わせて勝てたらあげようと思ってたけどお前には今、必要みたいだな」
いったい何の話をしているのか分からない
あまりの師匠の声色の場違い感に困惑する
「魔人は寿命が長いから長く付き合うことになるからか」
師匠が、俺の目を真っ直ぐと見るからか恥ずかしくなり顔を背けようとしたが不思議と師匠の目から視線を逸らすことが出来なかった。
「コハク、これがお前の名だよ。」
「こはく」
繰り返しつぶやく
どうして今名前を……?
「コハク、前世のこと気にするなとか忘れろ、仕方の無いことだお前は悪くないなんて言おうかとも考えていたんだがな」
「きっとそんな言葉お前には届かないんだろうなだから、これだけは言わせてもらう」
師匠の顔から目を離すことが出来ない
何を言われるかわからない、それなのに俺の体は師匠の次の言葉を全身で待っている。
まるでここには俺と師匠の二人しかいないような感覚に落ちる
「許す」
「ふぇ?」
「許すよ………他の誰かがなんと言おうと神様やお前自身が許していなくても、私だけは許す。私が守ってやる。心配するな私は強いからな」
たった一言師匠から許すと言われたことに体のどこかにあった重たいものが消えていく。
「だからなコハク、今を生きろ。前世のことに囚われすぎて今を見失うな」
師匠が前から優しく抱きしめてくれる
その温もりに与えられた言葉に涙がこぼれる
「いいんでしょうか?俺は今まで何も考えず人の命を奪い、初めて助けたいと思った子に何も出来ず挙句の果てに殺してしまってるのに」
もはや償うことも出来ない罪、心のどこかで生きていてはいけないじゃないかと思っていた
「前世の罪なら死んで償ったじゃないか、後悔しているならこの世界では人との縁を大事にするといい、それで十分さ」
そんな俺を許し道を示してくれる人がいる
「それと、ありがとうな。この世界に生まれてきてくれて」
こんな俺が存在することに礼を言う人がいる
こんな俺に名前をつけてくれる人がいるそんな、奇跡のような出来事を前におれはその日二度の人生で初めて声が枯れるまで泣いた
今回も読んで頂きありがとうございます。
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