第一話:桟橋をわたって(その7)
『いや、それでもそれは、探すべきですよ、絶対』
電話の向こうで彼女は言った。
湿度は高く温度も高かったが、窓を開ける気力もなく、エアコンも壊れたままのヤスコの部屋は、とてつもなくあつく息苦しかった。
ヤスコは、西の壁に無理やり作り付けた本棚をながめながら、
「でも、どうやって?」と、電話向こうの彼女――坪井南子に訊いた。本棚の左端に、レヴィン・ローレルの短編集が見えた。「それにあの人、」
と言い掛けてヤスコは立ち止まった。そこに続くべき言葉を探そうとして、彼女は戸惑った――わたしは彼女を、彼女だから探すのだろうか?
すると、そんなヤスコを叱り、はげますように、
『関係ありませんよ、そんなの』と坪井が、彼女特有の明るさと、ほどよい加減の無責任さで応えた。『それでも運命なら、それが運命なんですよ』
そうしてふたりは、会話をやめた。
ヤスコはいま、ここで、意味も用もなさない言葉を探すことは、じつは何の意味も用もないことなのだという、考えてみれば当たり前の事実に気付き、戸惑うのも、立ち止まるのもやめた。
ふたたび、本棚の短編集に目をやった。
ずっと彼女は、あんな風なお話を、現代のおとぎ話のようなお話を、ずっと、書きたいと想っていたのだった。
*
「あんたの兄さんね、富士夫さん」
庭に植えたブルーベリーの木を確かめながら、山岸の家の祖母は言った。
「ありゃ、あんたのお母さんそっくりだね。頑固で、融通が利かないところが特に」
それから彼女は、その実をひとつぶ口にふくむと、
「だけど誰より、家族のことは想ってる」そう言って続け、「ま、だから余計に面倒なんだろうけどさ」またちがうブルーベリーをひとつ、うしろの縁台にすわるまひろに渡した。「ちょっとあんたも、試してみとくれ」
山岸の祖母の家は、まさにいまが花の盛りであった。窓にはツタが、屋根にはフジが、戸口には白いユリと水色のアサガオが咲き、坂に面した裏庭では、祖母自慢のバラとヒマワリが、ケンカもせず、まるでワルツでも踊り出すかのような雰囲気で、風に吹かれて咲いていた。
「どうだい? まだはやいかね?」と、山岸の祖母は訊いた。
「うん」とまひろは応えた。「ちょっと、はやすぎたかも」
この山岸の祖母の家は、ひくい、ちょっと見には目にも入ってこぬような、そんな、ふしぎな丘のうえに建てられていた。
ちかくの中学校からは、弱小をもって知られる彼らの吹奏部員たちが、必死に、ずいぶん昔のイタリア映画の音楽を奏でようとしているのが、聴こえた。
「これでも随分、マシにはなったんだよ」曲げていた腰を伸ばしながら、山岸の祖母は言った。「そりゃもう最初は、あたしが作曲家なら化けて出てやりたいくらいだったんだから」
それから彼女は、するする伸びたその鼻を、やたらとながいその顎の先にくっつけそうないきおいで、クスクスッとわらった。
「見たことあるかい? この映画」まひろのとなりに座りながら訊いた。「マストロヤンニが、ものすごくイケメンでさ」
「ううん」まひろは答えた。祖母の顔を見ないよう、とおくの空へと目を向けながら、「おもしろいの? その映画」
この質問に祖母は答えなかったが、吹奏楽部のホルンとユーフォニアムが、同時に仲よく音をはずして、彼女の代わりに応えていた。
祖母がわらい、つられてまひろも、くすっとわらった。
「おもしろいかって?」祖母は言った。するする伸びた鼻の先を、やたらとながいその顎の先にくっつけながら、「そんなの、あんたが見ないと分からないよ」
それから、
「でもね、最後に、マストロヤンニがいいこと言うんだよ」大好きな孫の肩を、やさしくなでながら、「“人生はお祭りだ。いっしょに過ごそう。”」
フルートとクラリネットが、テーマをくり返した。
難しい転調がいくつか続き、その度ごとにフルートはミスをした。
クラリネットは、それと気付かれぬよう、それをそっとカバーした。
「さて、」しばらくして祖母は言った。「ごはんの支度でもしようかしらね」今度は、まひろの髪をなでながら、「食べてくだろ? あんたも」
しかし、これにまひろは、
「ううん」と言って立ち上がった。「きょうは帰るよ」なでてくれた祖母の手を、やさしく握り返しながら、「でも、ありがとう」
「そうかい?」祖母は応えた。こちらもゆっくり、立ち上がりながら、「なら、駅までは送ろうかね」
(続く)




