第八話:砂時計(その6)
さて。
「陰謀」と「陰謀論」とはちがう。
「陰謀」とは単純に、人に知られないように練った計画全般のことを指すが、「陰謀論」とは、特定の特徴を持つ、「仮説的陰謀」のことである。
つまり、「仮説的陰謀」であるところの「陰謀論」は、実際の「陰謀」のように実在しなくてもよいし、なんなら、練られたことすらなくてもよい。
なので、「陰謀論」は、外部に漏れることもなければ、なにかのスーパー・ヒーローに阻止されることもなく (実在しないから)、そのことが逆に、陰謀論を信じる方々――いわゆる「陰謀論者」たち――が、その「陰謀論」を信じる助けにもなるワケである。
彼らは考える。例えばこんな感じに。
「この陰謀は成功している。なぜなら、外部に漏れていないから」
とか、
「あの陰謀の首謀者たちは完璧に近い能力と秘密主義とを有している。なぜなら、外部に漏れていないから」
とか、
「結局、正義のヒーロー※※※※マンも、ただのタイツ野郎だったな。なぜなら奴は、この陰謀に気付けていないのだから」
とか、云々。
が、しかし。
一度でも陰謀を企てたことのある方――それは例えば、「パパにナイショでアイスを食べよう」などのつましいものでもよいのだが――なら分かって頂けるかと想うが、実際問題、(相手が人間である以上)陰謀の隠蔽などはほぼほぼ不可能なものであり、そこには日常的に予期せぬ問題が発生――口の端っこにチョコが付いてたり、「パパにはナイショなの」と三歳児がパパに言いに行っちゃったり――、きっと、いつかのどこかで、それは白日の下へとさらされる――と、これが、本来の「陰謀」である。
であるがしかし、陰謀論者のメンドクサイところは、彼らは反証には抵抗し、循環論法を持ち出しては、信奉する陰謀論を強化しようとする点にある。
陰謀と矛盾する証拠が見付かったり、あるいは陰謀を示す証拠が出て来たりしても、彼らはそのどちらをも陰謀が存在する証拠として採用しては再解釈、陰謀論全体の再構築・再編成を行なうワケである。
彼らは言う。例えば、こんな感じに。
「「パパにはナイショなの」と、カナコがわざわざ僕に言って来たということは、君たちが僕に隠れて食べたのは、アイスなどではなく、もっと高価な、そう例えば、回らない寿司などであり、君はそれを僕に隠そうとしているに違いない」
とか、
「カナコの口に付いていたチョコには、ほのかにミントとナッツの香りが混じっていた。これから考えられることは、君たちが本当に隠しているものは、三丁目の (*長くなるので割愛)」
とか、まあ、そんなこんなを、云々。
で、まあ、そうして彼らは。
そうして彼らは、他にもっと正しそうな回答や解釈が用意されている場合においても、不必要なまでに陰謀を想定、屋上屋を重ねるように推測・憶測を重ねて行くのであって、結果として彼らの陰謀論は、証明されたり反証されたりするものにはなり得ず、ほとんどがカルト宗教、ナントカ真理教、盲目的に信仰されるべきナニカ、になってしまうのである。
彼らは叫ぶ。例えば、こんな感じに。
「神や悪魔がこの世に現われないその事実こそが! 神や悪魔が現に存在していることを証明しているのである! なぜならそれは、我々人類の不可知論的決定機構を――」
とか、まあ、そんなこんなを…………って、いやいや、これをこの場で提出するのは、不適切だったのかも知れない。
なぜならまだ、この物語は、その段階にまでは達していないのだから。
*
「あの人がどこにいるか? そんなのわたしに分かるわけないでしょ?」
あるクリスマスの夜、樫山ヤスコはこう言った。弟の詢吾に向かって、いつもの彼女からは想像しにくい、強めの口調で、
「死んだか、精神病院に入れられたか、それとも、また別の男と結婚したか、いずれにせよ、わたしの知ったこっちゃないわ」
その日は寒く、霜枯れて、三尾千佳子の家族や、杏奈姉妹を招いたパーティーも無事終わり、姉弟はふたりで皿の片付けをしていた。
居間のテレビは、点けっぱなしになっていた。
残ったケーキの欠けらを移し集めていた樫山詢吾は、不意に、そのスイッチを切ろうとして、そこに映った古い映画のワンシーンに、しばしこころを奪われていた。
それは、ひとりの紳士が、彼の妻が佇んでいる階段の先を指さし、連れの者たちに、静かにして欲しい。と、そう合図を送っているシーンだった。
階段の先の紳士の妻は、そこの手摺りに寄りかかり、なにかに耳を傾けていた。
そうして、その紳士姿の男性も、そんな彼女に合わせるように、自身の耳を、そばだて始めた。
二階のドアから聞こえて来たのは、どこか、遠い国の古謡であった。
それは、調律のあやしいピアノを伴奏にしており、年老いた歌い手は、歌詞と声の両方に、自信を持てない様子であった。
「あのさ」樫山詢吾は言った。曲が終止に入るか入らないかのタイミングで、ヤスコに、「いつか、そっちのお母さんもさ――」
それは、少なくとも彼に取っては、クリスマスの魔法あるいは気まぐれのようなものであり、あくまで善意から出た言葉とアイディアであった――彼は続ける。
「いつか、そっちのお母さんもさ、ここに招んで――」
が、このアイディアあるいは善意に、樫山ヤスコは反発した、大いに。
「いい? 詢吾? あの人はね、何年も、何十年も、平気で、連絡ひとつ寄こさないでいられるような人なのよ」と。
娘の入学式にも、卒業式にも、成人のお祝いにも、便りひとつない。住所も、消息も不明。そのくせ突然、若い男と現れたかと想うと、結婚しただの旅行がどうだの、そんな女なのよ、あの人は、と。
彼女は怒り、反発し、いまにも泣き出しそうであった。
「わりいわりい、別にそんなつもりじゃなかったんだよ」と、いまにも崩れ落ちそうな姉の肩を、優しくなでながら詢吾は言った。「ちょっと、想い付きを、口にしただけだよ」そのまま抱き締めそうになったが、それは止めて、「――悪かったよ、姉さん」
消し忘れたテレビでは、先ほどの女性が、雪の降る暗い夜道を、スカートがぬかるみに入らぬよう、両手でそれをつまみ上げつつ歩いていた。あまりに軽やかに、背筋をきりっと伸ばしたまま。
そうして、それは、そんな彼女のうしろ姿は、詢吾に、彼の姉――いや、幼い頃に見た、彼の姉の母親の印象を重ね合わさせるものでもあった。
*
「ごめんね、ありがと、詢吾くん」と彼女――彼の姉の母親・柳瀬ヒトミは言って、樫山詢吾は記憶から目覚めた。「詢吾くん的には、あんまりいい気持ちしないかもだけど」
「あ、いえ、そんな」詢吾は返した。「俺もお袋も、そのへん気にするタイプでもないんで」目の前の女性を、改めて不思議に想いつつ、「ま、お袋は、嫉妬するかも知れませんけど」
「嫉妬?」
「ほら、仁美さん、年取らないから」
ここは、樫山家一階奥にあるちいさな和室で、その西側の壁には、古びたタンスと、その上に置かれた小型の仏壇があった。柳瀬ヒトミは、いま、その仏壇に、手を合わせ終わったところで、
「やあねえ、口がうまくなっちゃって」そう彼女は言った。手を合わせた相手は、もちろん詢吾の母である。「おばさんホメても、なんにもならないわよ」
「いえいえ、ほんと」詢吾は応えた。コロコロと笑う彼女に、彼の姉の姿を重ね合わせながら、「子どもの時に見た印象、そのままですもん」
そうして、いつかのクリスマスに見た、テレビの彼女を重ね合わせもしながら、
「ほんと、変わらないですよね、ヒトミさん」
(続く)




