第四話:酒とバラと沈黙の音(その5.5)
坪井南子は――実際問題、こんな子がまわりにいたらシンドイだろうなあ、と想わないでもないが――不摂生が職業病として認知されている出版業界において (偏見)、それでもなお、健康的なマイナス5才肌と赤みがかった黒髪、けして美貌と言えない代わりに、誰からも好かれる富士額とだんごっ鼻、それから、思春期男子なら恥ずかしさで目をそらしてしまうほどに豊かな胸部を持ち、そうしてなにより、遠慮会釈のない前向きさと、相手かまわずズケズケ物を言う、良くも悪くもポジティブ・シンキングな性格の持ち主であった。であったので当然、
「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるさいんですよ、詢吾さんは」と突然、坪井南子は言った、しびれを切らした感じで、「まったく。男のくせにめんどくさい」
ここは、不破たちのシーンとほぼ同じ時刻の樫山家一階リビング。樫山詢吾が、なんかイケメン風を装いながら、「ボーヨー、ボーヨー」とかなんとかかんとかごちゃごちゃ語った直後である。
「はあ?」と詢吾。坪井の方を見ながら、「お、俺が、なんだって?」
すると坪井は、前述の富士額と豊かな胸部で彼を威嚇しつつ、
「前途だろうが行く先だろうが、多難がターナーだろうがボーヨーだろうが、愛すべきふたりが、運命的に出会ったんですよ? しかも、そのひとりは、あなたのお姉さんなんですよ?」と言って続ける。「それを祝福こそすれなんですか、あんな酒乱の詩人のものまねなんかして」
「は?」と詢吾。ちょっと戸惑い訊き返すが、「酒乱?」
「こーゆー時は、祝福こそすれ、応援こそすれ、止めろだの多難だのなんだの、言うのはまちがっています」と、そんな言葉は気にも留めない坪井である。「仕合わせになれるかどうかは、ハッピーになれるかどうかは、動いてみないと分かりませんが、運命の女神さまにうしろ髪はなく、鉄は熱いうちに打たないとナマクラになっちゃうんですから」
「いや、でも、そうは言っても、南子ちゃんよ」
「いいんです、いいんです。けっきょく男の人は部外者なんですから、黙っといてください」
「え?」とここで詢吾。そんな口調の坪井に、前回のページを読み返しながら、「でも、そもそも話をふって来たのは南子ちゃ――」
「うっさいですねえ」と、社会人とは想えない口調で坪井。「あれは、詢吾さんが、先生の同棲なり結婚なりを、大喜びで、スペシャル・ハッピー・サンクス気分で、バックアップすると想っていたからのことであって、まさかあーんなヘッタレたこと言うなんて想ってもいなかったからですよ。ほんと使えませんよね、男のひとって」
「はあ」
「と、いうことで、先生」
と、いうことで、ここで坪井。話をかき回すだけかき回し、ページを使いたいだけ使っておいて、結局、自分のやりたい方向に話を持って行こうとする。作者の了解も得ないまま、「それじゃあ、そろそろ行きましょうよ」
「は?」
と、ここでヤスコ。あまりに唐突に話をふられたせいで、
「なにが?」と、天然高気圧な彼女に、2000マイルを飛び越え何処かへと連れて行かれそうなイヤーな気配を感じつつ、「と言うか、どこへ?」
「先週末にお話ししたでしょ?」と坪井。「そのあと詳細をメールしたじゃないですか」
そう当たり前のように言う彼女だが、ヤスコの方は、週末のドタバタのせいもあって、なんだかよく想い出せない上に、問題のメールとやらも読んだかどうか記憶がない。なので、
「メール?」と眉をひそめながら訊き、
「あ、さては読んでないですね」と坪井にピッタリ指摘された。「まあ、山岸さんとイチャコラされてたでしょうから、読む暇なんかなかったかも知れないですけれど」
と、それから彼女は、スマホの画面で、このお話の第一話 (その3)をヤスコに見せると、
「ほら、ここにもちゃんと、「メールで済ませることになった」って書いてあるじゃないですか。ダメですよ、ちゃんと見ておいてくれないと」
「はあ」と、あまりのメタ構造にぐうの音も出ないヤスコ。だが、それでも一応、「で? 結局なんなんだっけ?」
「取材ですよ、取材」と坪井。
「取材? なんの?」とヤスコ。
「本田に頼まれたアレですよ。だから、ちょっとよそ行きの服着てるんじゃないんですか?」
「え? いや――」
とここで、改めて自分の服装をたしかめるヤスコ。たしかに。すっかり忘れていたが、今朝は普段は着ないようなキレイ目のワンピースを着ている。そのため、
「これは別に、そういうワケでは――」
と、まひろの顔を想い出しながらつぶやく彼女だが、
「あ、でもでも、そーゆー意味では、ドレスの試着予約もしてますし、それやったらテンション上がること間違いなしですよ、きっと」
と、そんなつぶやき等はあんま知ったこっちゃない感じの坪井――ドレス?
「ほんとは私も試したかったんですけど、予算の関係もあるし、なによりサイズが厳しいらしくて、胸のまわりの」
そう言って続けるのだが――サイズ?
「ちょ、ちょっとゴメン、南子ちゃん。わたし、ほんとにすっかり忘れてたんだけど、今日、取材の予定なんだっけ?」とヤスコに訊かれ、
「え? はい。こちらの話が長くなるようならキャンセルも考えてましたけど――」と坪井は応える。詢吾のほうを一瞥してから、「やっぱりここは女同士、腹と腹を割って話し合った方が話もはやそうですし」と、彼にアッカンベーのひとつでもかましてやりたい気持ちは抑えつつ、「この件も、道々話しましょうよ」
「はあ……」
*
「なあ、おい、詢吾よ」
「なんだ? 江崎」
「坪井さんて、毎回こんな感じなのか?」
「うーん? まあ、大体こんな感じなんだけど、最近一番うえのお姉さんに続いて二番目のお姉さんも結婚したらしくてさ、それで余計に変なテンションになりやすいんだと想う。実際」
「はあ」
*
「まあ、引き受けたんなら、それはそれで行きますけれども」とヤスコは応えた。この状態の坪井を止めるのは無理だしめんどくさいし、付いて行くのはよいとして、「だけどほんと、いったいどこで、なんの取材なの?」
「え? ほんとにマルッと忘れちゃってるんですか?」と坪井。「ダメですよー、ラブラブモードで仕事おろそかにしてちゃー」そう言ってニヤ付くと、鞄から一枚のパンフレットを取り出す。「場所は池袋で」
「場所は池袋で、行くのは、エブリワンさんのブライダルプラン相談カウンターです」
(続く)




