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依頼人である十一と名乗った男に連れられ、辿り着いたそこは、川沿いに建てられた――強風が吹けば壊れそうなほど、古びた木造の家だった。
穴だらけのさびたトタン屋根には、ところどころ重石が乗せられている。
「郁。帰ったぞ」
「お父ちゃん……」
ケバ立った畳に敷かれた薄い布団に横たわっている少女が、目を閉じたまま、力なく応えた。
「……病人?」
「郁は元々、こんな病弱じゃなかった。ただ生まれつき、視力が弱くてな。ぼんやりとしかものが見えなかった。弱視というんだそうで、眼鏡を使っても視力は上がらなかった。だが、ありがたいことに奉公先には恵まれて……旦那様の計らいでお医者に診てもらうことができた」
「そのお医者というのが……?」
「ああ、鹿島柴三郎だ。ヤツはこの子の目を治すといってとんでもない薬を飲ませた。郁、目を開けてくれ」
「? う、うん」
郁は困惑したように、瞼を開いた。
「⁉ なんだ……?」
髪の色が黒、ということは同系統の――やや色素が薄ければ茶色に近い色は想像できるが、少女の瞳は薄い檸檬のような色をしていた。
「もしや、その薬の所為で失明……?」
「そのお客さん、お父ちゃんのおともだち? 随分若くて男前だけど……?」
相変わらず弱々しい様子だが、彼女は精一杯の笑みを浮かべた。
レオンは驚いたように十一の方を見る。
「弱かった視力は回復して、ハッキリものが見えるようになった。だが、その代わりに瞳の色と健康を失った」
ごほごほと咳き込む娘の額を撫で、十一は唇を噛んだ。
そして、レオンを引き連れて廊下へと出た。
「その医者は? 何と言っている?」
「目は見えるようにしてやったろうと……」
「治療は?」
「だから、もう用無しなんだよ、この子は! 最初の頃は入院させて経過観察をしていた。『なるほど、視力の代償は必要なんだな』と言われて、そこでおしまいだよ。つまり、この子は――あの医者の実験台に使われたんだ!」
「ほかの医者には?」
十一はかぶりを振った。
「内臓がボロボロで……もう、手の施しようがないと……」
十一は涙を零しながら、壁に拳を叩きつけた。
「軍警に訴えても、不治の病なのだろうと、医者との因果関係はないと一蹴された。多分、被害に遭ってるのは郁だけじゃねえ。ほかにも実験台にされた庶民は大勢いる筈だ!」
「……しばらく、対象を調査する。依頼を正式に受けるかどうかは、それからだ」
「こんなひどい目に遭わされたこいつを見ても、引き受けてもらえねえのか? あんたはようやくたどり着いた一筋の光なんだぞ⁉」
十一は思わずレオンの襟首を掴んだ。
レオンは顔色を変えず、嘆息した。
「だから……ターゲットのことをよく調べて……どういったヤツなのかを把握してから臨みたいといっている。しっかり、この目でどんな人間かを確かめてからだ。それに相応しい終焉を用意しなくてはならないからな」
「―――」
十一は口をゆがめたまま、レオンから手を離した。