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 豪邸――

 かつては豪奢な建物といってもよかったのかもしれない。

 門の前の表札には西園寺(さいおんじ)とあり、広い敷地内に佇むそれは夜の闇の中に眺めればさほど粗が目立つことはないが、日中訪れればさすがに住人がどういう状況か分かるだろう。

 現当主の名は堅四郎(けんしろう)といい、演奏家崩れで西園寺家に婿養子として入った初老の男性だ。

 かつてはヴァイオリン奏者として名のあるオーケストラに所属し、映画スターのような男前だったという話で、のちに妻となる令嬢である西園寺磨三(まみ)()には、押しに押されて結婚したようなものだった。

 その所為か当主の素養はなく、これまで栄えていた西園寺家の財産を一代で食い潰すことになる。

 演奏家として花形の仕事しか受けたがらないため――若い頃はそれでも需要があったが、問題は年を取ってからで――講師などの定職には就かず、また資産運用などを手掛けることもできず、稼ぎのない「アリとキリギリス」における、キリギリスのような男となっていた。

 それどころか近年まで、贅沢三昧の生活水準を落とすことができずに借金がかさみ、家具なども差し押さえられているような有様だ。

 さらに図太いのか単なる世間知らずか、西園寺堅四郎は親族から白い目で見られようとも、どこ吹く風である。

「……ただいま」

 夜道をけたたましいブレーキ音を立てる自転車で帰宅という、深窓の令嬢らしからぬ行動をとった彼女は、少々力を込めないことには開かない古びた扉を引いた。

「おかえりなさいませ、百合(ゆり)()お嬢様」

 出迎えたのは彼女が幼少の頃より西園寺家に仕える侍女の(こう)(やま)()()という、老女だ。

「お出迎えご苦労様。今日、給料日だったの。少しだけどようやくお手当を払えそうだわ」

「いけません、お嬢様。こちらはお嬢様が――」

 十祈が百合亜から差し出された封筒を押し戻した。

「でも……長いことお手当が払えていないでしょう? それなのに……十祈さんはこうして……」

「身寄りのない私に行くところなどございません。こうして置いてくださっていることだけでもありがたいのに、お手当を頂くなど……」

「取っておいて。ほんの気持ちだから」

 百合亜の寂しげな表情に、十祈が何かに気づいたような表情をした。

「お嬢様……まさか、あの……」

「そうね。どうなるのか分からない。ピアノの特技を生かしてカフェで働かせてもらってるけど、借金を返すには程遠い稼ぎよ……こうしていられるのも……あとどれくらいなのか……」

「おいたわしや、お嬢様……借金のカタに身売り同然の見合いなど……親子以上に離れた男に娘を差し出すなんて……旦那様はいったい何をお考えに……」

「没落した華族なんて、家柄しか取り柄がないわけだから……それと引き換えに援助を受けられることを考えれば……致し方ないことだと思うわ」

「お嬢様……」

 十祈は顔を覆って泣き崩れた。

「泣かないで。まだ、お見合いをするという段階でしょう? 先方に気に入られなければ、今まで通り――」

 百合亜は十祈を慰めるよう、彼女の肩に手を置いた。

「うううう、お嬢様はご自身の魅力をお分かりになってらっしゃらないのですっ……あんな、あんなヒヒジジイがお嬢様程の若くて美しい女性を気に入らないわけがございませんもの……ああ、どうかお嬢様をお気に召す若くて有望な……青年実業家でも現れてくれないものでしょうか」

「そんな夢のような話、都合よくあるわけないじゃない」

 苦笑しつつ、自分の力でどうにかしたいという想いのある百合亜は、貢いでくれるパトロンが現れることを切に願っていた。

 それも、ピアノの腕を気に入ってくれる――。

 成り上がりの初老の男に嫁ぐよりはよほど幸せだろう、と。

 おそらく、この考えは世間知らずで浮世離れした父にも亡き母にも理解されることはないだろうが、カフェに出ている間、男性から誘いを受けることは結構あるのだ。

 ただ、それが十分な経済力のある男性ではないとみなし、断り続けているのだが。

――でも、あまり時間がないのよね。早く……頼りになる方が現れてくれないかしら……。

 百合亜は唇を噛んだ。

 見合いはおよそ一月後、という話になっていた。

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