第四十六話 二人の番犬
ここで第三部のお話は終了となります。
「カルネッタ様、ミシェル様が毒杯を賜ったのは貴女様の所為ではございませんわ」
ペネロペはカルネッタの頭を優しく撫でながら言い出した。
「カルネッタ様がアイデアを出さなければこんなことにはならなかったと思うかもしれませんが、カルネッタ様のアイデアがあったからこそ、今があるのです」
アストゥリアス王国でムサ・イル派との決別宣言がされた翌日には、近隣諸国の新聞に、アストゥリアス王家の奥深くに隠されていた預言者イルの福音書と、聖人アーロの手紙が発見されたのだと公表された。
楽園に行くためには金が必要だと主張する司教たちの悪辣な素振りに憤りを感じてはいたのだが、遂には自分の妻までもが処刑されることとなった。憤慨したラミレス王は、ルス教の歴史について調べていったところ、王宮の奥深くに隠されていたイルの福音書とアーロの手紙を発見した。ということになっている。
「カルネッタ様のアイデアが無ければ、ミシェル様は公爵家のお飾り夫人として、平民の愛人の影に隠れて泣き寝入りをしていたことでしょう。そのミシェル様を奮起させて動かした結果、リオンヌ公爵家に秘蔵されていたイルの福音書と使徒の手紙が持ち出されることになったのです」
「その所為で、あなたも巻き込んでしまったわ」
「それはそうです、私ほど腕の良い修復人は居ませんからね?」
「色々と巻き込んだあなたにまで、何かあったらどうしようとも思っているの」
「カルネッタ様はお優しいですわね」
ペネロペは身分が上である公爵令嬢を優しく包み込むように抱きしめた。
確かに今回の事件は、大きな波紋を作り出すきっかけとなっただろう。
ペネロペを穢そうとした男たちは捕まり、その後、余罪が明らかになり、被害に遭った女性と同等の思いをするべきだとして、南大陸に性奴隷として売り飛ばされる事になったのだ。アルボラン伯爵家は没落し、元婚約者のフェレも南大陸へと移動をしている。ちなみにペネロペは、アンドレスによって氷に閉じ込められた彼らの大事な場所が壊死して腐って、捥げて落ちたことは知らない。
侍女のマルタとメイド達も氷漬けとなったのだが、彼女達は指を幾本も欠損することとなり、仕事はもちろんクビとなっている。
平民落ちしたマカレナはヴァレーオ商会に引き取られることとなり、噂によると特殊な娼館に売り飛ばされたらしい。その娼館にはマカレナの悪意によって娘が犠牲になった親や親族がよく訪れるらしい。ペドロウサ侯爵家はあれほど可愛がっていた娘については関係を断ち切ることを選び、連座で罰金の支払いに協力することになった親族たちは激怒しているという。
ペネロペを穢そうと三十人もの男たちが集められた。その事が明るみとなり、多くの貴族が降爵や没落の危機に瀕している。今後、ペネロペに対するお門違いな恨みは山のように増えていく事になるだろう。
だとしても、ペネロペには後悔がない。ペネロペはやるべきことをやっただけであるし、誇りを持って嘘を見抜いただけのことなのだから、その結果を受け止める覚悟は出来ている。だとしても、まだ13歳のカルネッタではそう簡単には割り切れる訳がない。
「カルネッタ様、私のお父様曰く、私には氷の番犬がついているから大丈夫なのだそうですよ」
「それって氷の英雄のことを言っているのかしら?」
王国の英雄を番犬扱いもどうかと思うけれど、確かにあれほど強力な力を持つ人もいないだろう。他人から向けられる逆恨みなど、バッサバッサと切り捨てそうでもある。
「そうよね、ペネロペ様にはマルティネス卿がついているし、グロリア様にはエル様がついているわね」
「カルネッタ様にも強力な番犬がいるでしょう?」
キョトンとした表情をカルネッタが浮かべていると、執事がタイミング良く、王弟パトリスがカルネッタを迎えに来たのだと告げて来たのだった。
侯爵邸までカルネッタを迎えに来たクレルモン王国の王弟パトリスは、ペネロペに笑顔を向けながら言い出した。
「貴女なら落ち込むカルネッタを元気に出来ると思ったのだ」
突然そんなことを言われたので、ペネロペが新緑の瞳を見開くと、
「だって、貴女は嘘をつかないし、その言葉には魂が宿っている。何かを納得させる力のようなものがあると思うのです」
と、まだ年若い王弟は言い出した。
「ちょっと・・良く分からないのですが・・」
ペネロペが小さく首を傾げると、パトリスと一緒に屋敷に戻ってきたアンドレスが言い出した。
「確かに君の言葉には力がある、それは私も保証しよう」
「力?ありますでしょうか、そんなものが」
「ペネロペ様」
カルネッタはペネロペの手を握ると、爪先立ちとなってペネロペの耳元に囁くように言い出した。
「私もくよくよするのはやめることに致しますわ。こうなったら腹を括って、私の番犬様に守られることに致します」
そう言って微笑みを浮かべるカルネッタを見下ろしながら、番犬と言ったのは間違いだったかもしれない、不敬に問われたどうしようと、ペネロペは内心冷や汗をかいた。
カルネッタとパトリスは晴れやかな笑顔を浮かべて帰って行くのを見送ると、
「なんだ?何を令嬢から言われていたんだ?」
と、アンドレスが問いかけてきた。
「父が貴方みたいな番犬がいるなら安心だって言うものですから、カルネッタ様にも同じような番犬がいるから安心ですわね、というようなことを私が言ったのです。そうしましたら、先ほど、腹を括って番犬に守られることに致しますとおっしゃられて」
思わず吹き出して笑ったアンドレスが、
「完全に不敬だな」
と、言い出した。確かに隣国の王子様を番犬呼ばわりしたら不敬に違いない。
「で・・でも・・間違いじゃないはずですわ!」
「であるのなら、お前は私という番犬に守られているが良い」
上から目線の言葉に少なからずイラッとしながらも、結局、いろいろな人に恨まれる要因を作り出した原因に、氷の番犬が絡んでいるのは間違いない。
「守るのは当たり前ですわよね?何せ貴方は誠意ある対応を心がける、至って真面目な婚約者なのでしょう?」
「それで、その真面目な婚約者のために、きちんとシュークリームは取ってあるのだろうな?」
意外にもアンドレスは甘党だった為、暇潰しで作ったペネロペ手製の菓子はアンドレスのおやつとして活躍することになるのだ。
「もちろん(うっかり食べ切ったら後が面倒なので)取ってありますわ!中のクリームはアンドレス様がお好きなホイップクリームにしてあります」
「ふむ、では珈琲を用意しなければ」
こうして氷の番犬に守られているペネロペだが、その後、卒業パーティーで誘拐されることになるなんて、この時の二人が知るわけもない。その先は、第四部のお話へと続くことになる。
〈 第三部完 〉
ここまでお付き合い頂きまして、ありがとうございます!
この後、おまけのお話を挟んで、第四部(最終章)となります。
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